高齢者に多い鼠径ヘルニア

 ヘルニアはラテン語で「飛び出す、はみ出す」という意味があり、椎間板がはみ出して腰が痛くなる椎間板ヘルニアを思い浮かべる方も多いかと思いますが、それ以上に多いのは腸が飛び出してくる「脱腸」、すなわち腹部のヘルニア。中でも足の付け根に出てくる「鼠径(そけい)ヘルニア」は非常に多く1年間に15万人以上が手術を受ける、わが国では最も多い外科手術です。鼠径ヘルニアは、子どもの割合は1割程度、成人、特に65歳以上の高齢者が7割以上を占めています。

 鼠径ヘルニアの初期症状は、太ももの付け根付近の膨らみ。立ち上がったり、重いものを持ち上げたりするときに、お腹に力を入れると出やすいのはもちろんですが、くしゃみや咳をすると高い腹圧がかかり大きくなります。膨らみの大きさは、初めはピンポン球くらいで、だんだん大きくなり赤ん坊の頭くらいの方も。触ると柔らかく、手で押したり、体を横にしたりすると引っ込んでしまいます。

 痛みもなく下半身に症状が出るため「恥ずかしいから…」と不安はあるものの放置する人も多いようですが、次第に大きくなり、引きつるような痛みが強くなってくると、歩いたり運動したりするときに邪魔になり、日常生活に支障が出ます。膨らみが押しても引っ込まず非常に強い痛みがある状態を「嵌頓(かんとん)」と言います。これが悪化すると飛び出した腸が詰まる腸閉塞や腸が腐って腹膜炎を引き起こし命にかかわるような危険な状態にもなります。

 高齢者の場合は加齢により、本来お腹の中にある腸を支えている筋膜や筋肉などの力が衰えるために起きると考えられます。高い腹圧がかからないように①根菜類など食物繊維やヨーグルトなどで腸の働きを良くして便秘を避ける②脂肪分の多い肉類を控え運動習慣を身に付けお腹の内臓脂肪を減らす③風邪をひかないように心がけたり、たばこを止めたりして咳やくしゃみを減らすなど、予防も大切。何より太ももの付け根付近に膨らみが出たら放置せず、早めにかかりつけ医や外科医を受診することをお勧めします。鼠径ヘルニアには外科的な治療が最も有効で、日帰り手術などの短期入院で治療することもできます。


原三信病院 副院長 江口 徹先生


取材記事:ぐらんざ