医療情報室レポート No.260 特集:医師の「働き方改革」 はどうあるべきか~その3~

2023年7月28日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510

特集:医師の「働き方改革」 はどうあるべきか~その3~

 令和6年4月より医師の時間外労働などを規制する「医師の働き方改革」が開始される。時間外労働の上限規制や施行開始までに必要な取組みなどについては本レポートNo.233(2019/9/27)でも特集したところであるが、開始まで半年を切り、医療機関は労務管理の適正化、勤務環境や業務の改善など必要な対応に追われている。
 医師の健康を守る働き方が推進される一方、この「働き方改革」が国民にどのような影響を及ぼすかについてはあまり知られていない。救急医療や産科医療といった夜間・休日の医療提供体制については、大学病院等からの医師派遣によって成り立っている側面があり、派遣を制限せざるを得ない状況になれば、地域の医療提供体制が立ち行かなくなる可能性がある。
 今回は、「医師の働き方改革」がそもそもどのような内容なのか、来年4月からの施行に向け、地域の医療提供体制に及ぼす影響について特集する。

●医師の「働き方改革」とは?

 平成31年4月の改正労働基準法により、時間外労働の上限は月45時間、年360時間以内となったが、医師、建設業や配送業等の一部の業種では業務の特殊性や人材確保の観点などから、上限規制の適用が5年猶予されていた。
 医師は昼夜問わず患者への対応を求められ、診療時間外や休日にも業務を行うこともあるため、長時間労働に陥りがちな現状にあり、医師の健康確保や仕事と家庭の両立などを実現するために、様々な検討が重ねられてきた。令和6年4月からは「勤務医」の時間外・休日労働の上限を原則年960時間(月100時間未満)とする「①時間外・休日労働の上限規制」連続勤務時間制限や長時間勤務医師の面接指導などで「勤務医」の健康確保を目指す「②追加的健康確保措置」といった内容を主な柱とする「医師の働き方改革」が開始される。(労働基準法の適用は雇用されている“勤務医”で、事業主である“開業医”は含まれない)

項目 内容
時間外・休日労働の上限規制 法律で定められている労働時間(1日8時間、週40時間)を超えると「時間外・休日労働」の扱いとなり、労働基準監督署に時間外労働協定(36協定)の届け出が必要だが、「医師の働き方改革」では「時間外・休日労働」の上限を水準毎に設定
  • A水準………基本の水準(年960時間、月100時間未満 ※例外あり )
  • B水準………救急医療等を行い地域医療を支える医療機関(年1,860時間、月100時間未満 ※例外あり )
  • 連携B水準医師の派遣により地域医療を支える医療機関(年1,860時間、月100時間未満 ※例外あり )
  • C-1水準……臨床研修・専門研修を行う医療機関(年1,860時間、月100時間未満 ※例外あり )
  • C-2水準……高度技能の修得研修を行う医療機関(年1,860時間、月100時間未満 ※例外あり )
②追加的
健康確保措置
「時間外・休日労働」が月の上限規制を超える場合、医師の健康を確保するための措置として「連続勤務時間制限/勤務間インターバル/代償休息」「面接指導や就業上の措置」を義務付け
  • 連続勤務時間を28時間に制限・勤務間インターバルを9時間確保 → 実施不可の場合は代償休息を付与
  • 睡眠や疲労蓄積等の状況を確認する「面接指導」を実施し、就業制限や配慮等「就業上の措置」を行う

※厚生労働省ホームページをもとに作成

●医師の「時間外・休日労働の上限規制」

 全ての勤務医に「A水準」とされる原則年960時間(月100時間未満)の「時間外・休日労働の上限規制」を適用すると、地域医療の担い手の確保や、医師個人の希望による集中的な修練等が困難になることから、上述した複数の上限水準が設けられた。
 「B水準」は地域医療提供体制のための水準で、3次救急病院や2次救急病院など、「連携B水準」はこれらの救急病院へ医師派遣を行う医療機関が該当する。「地域医療確保暫定特例水準」とも呼ばれ、令和17(2035)年度をめどに終了する予定だ。
 「C-1水準」は集中的な技能訓練が必要な医師が所属する医療機関。「C-2水準」は高度技能の獲得を目指す臨床従事6年目以降の医師が対象で、医師が自らの発意により計画を作成し、審査を受けたうえで適用される。

※出典:日本医師会作成「ドクタラーゼ No.38」より

●医療機関が求められる取組み

 「医師の働き方改革」が施行される来年4月に向け、医療機関が求められる取組みについて次のとおりまとめた。

項目 内容
「医師労働時間短縮計画」の作成 長時間労働を行う医師の労働時間短縮を目的とするもので、「①労働時間の短縮に関する目標」「②実績」「③労働時間短縮に向けた取組状況」を記載し、毎年自己評価を行う。
労働時間や組織管理など各医療機関共通で求められる「共通記載事項」と、医療機関の多様性を踏まえた独自の取組みの「任意記載事項」で構成される。

※詳細は「医師労働時間短縮計画作成ガイドライン」を参照
( https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000919910.pdf )
「医療機関勤務環境評価センター」への申請 特例水準(連携B・B・C)の指定申請には、上述の「医師労働時間短縮計画」を作成したうえで、「医療機関勤務環境評価センター(※)」の評価を受けることが必要。

※勤務医の労働時間短縮のための取組状況等について評価を行うとともに、必要な助言や指導を行う組織で、令和4年4月に日本医師会が厚生労働省から指定
( https://sites.google.com/hyouka-center.med.or.jp/hyouka-center )
「宿日直許可」の取得 病院や有床診療所には医師を宿直させることが医療法で義務づけられているが、許可を受けていない病院等での宿日直は労働時間に換算される。
医師の派遣先医療機関が「宿日直許可」を取得していなければ、派遣元医療機関は医師派遣を制限せざるを得ない状況になり、地域の医療提供体制に影響を及ぼす。

※詳細は「宿日直許可申請に関する解説資料」を参照
( https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/pdf/outline/pdf/20210720_02.pdf )

●「働き方改革」が及ぼす医療提供体制への影響

○救急医療・産科医療への影響
 平日夜間・休日の急患診療所救急病院、出産を担う病院有床診療所といった地域医療は、大学病院等からの医師派遣によって支えられている面が大きい。
 「医師の働き方改革」により、時間外・休日労働が規制され、医師派遣の制限や引き揚げ等が起これば、地域の医療提供体制は縮小を余儀なくされる。
 地方の医療資源が少ない地域では既に影響が出始めており、県内外では夜間救急の中止や縮小小児救急の中止分娩の休止により遠方での出産を余儀なくされる等、受診する患者側にも大きな影響を及ぼしている。

○診療所が直面する問題
 今回の「医師の働き方改革」は全国約8,200施設の病院の「勤務医」が対象となる一方、事業主である「開業医」は対象には含まれず、約9万6,000施設の無床診療所における働き方については議論されていない。(数値は令和2年医療施設調査(厚生労働省)より)
 無床診療所は常勤医師一人で運営されているケースが多い上に高齢化が進んでおり、医師が担う業務量が過多であることに加え、看護師や事務職員等の人員補充には人材派遣・紹介会社を頼らざるを得ない状況もあり、無床診療所では医療従事者全体のマンパワー不足が生じている。
 大学病院等から非常勤医師を雇用する診療所では、今回の改革による医師派遣の制限につながり、自院の診療体制変更を余儀なくされかねない。

○福岡市医師会の取組み
 本会では各医療機関における現状や課題を共有するため、「医師の働き方改革検討会議」を本年6月27日に開催し、市内の大学病院、救急病院や有床診療所等と連携を図りながら、地域の医療提供体制を維持していくことを確認している。

医療情報室の目

★医師の働き方改革と地域医療の維持

 厚生労働省が令和元年に行った「医師の勤務実態調査」では、勤務医の約4割が年960時間以上、約1割が年1,860時間以上の時間外・休日労働をしており、特に救急科や外科、脳神経外科、産婦人科や卒後3~5年目の若手医師は長時間労働の傾向が強いことが分かっている。我が国の医療は医師の使命感と自己犠牲的な長時間労働によって質が保たれていた側面があったが、その働き方が見直されることで、医師個人の仕事と生活の調和が図られ、柔軟な働き方が実現され、医師の健康が確保されることは望ましいことである。
 しかし、その一方で地域の急患診療所を始め、救急を担う救急指定病院や産科医療機関など大学等からの医師派遣により成り立っている24時間稼働の医療体制について、地域や診療科によっても事情が異なるが、限られた人材の奪い合いに拍車がかかれば、救急の2次医療機関の減少や3次医療機関に患者が集中し、急患診療所の運営時間縮小や休止、高齢開業医の疲弊などにより、地域の医療提供体制の崩壊につながる。救急搬送体制の維持のためには救急車の適正利用も必要で、国民には「医師の働き方改革」が及ぼす影響に関心を持っていただき、併せて適切な受診への協力にご理解をいただきたい。
 長時間労働を生む問題への取組みとしては、時間外労働の短縮だけではなく、地域医療構想や外来機能の明確化といった地域の実情に応じた医療提供体制の確保や、医師の地域偏在・診療科偏在の是正も欠かせない。また、医師の業務を他職種へ移管する「タスクシフト/シェア」についても厚労省が検討会を立ち上げ議論を進めているが、業務移管以前に看護師や薬剤師など医療現場の人員不足はコロナ禍の影響もあり深刻化している現状がある。さらに、医師を派遣する側の大学病院においては研究や教育への時間が減少することで、将来的に国内の医学研究水準維持への影響が懸念されるなど、医療界の働き方を変えていくことに伴う課題は山積している。
 新型コロナへ対応した約3年間で疲弊している医療現場に過度な負担が生じることなく、安全で質が高い医療の提供を確保しつつ、地域の医療提供体制を維持していくための「医師の働き方改革」になるよう、我々地域医師会も知恵を出し合って対応していかなければならない。また、「医師の働き方改革」を進める上で、「医師の健康確保」、「地域の医療提供体制の継続性」、「国内の医学研究水準の維持・向上」の3つの課題が同時に達成されることを政府には強く求めたい。

編集
福岡市医師会:担当理事 牟田 浩実(情報企画・広報担当)・江口 徹(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)