医療情報室レポート No.239 特集 :新型コロナウイルス感染症への対応~その3~

2020年7月31日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集 : 新型コロナウイルス感染症への対応~その3~

 世界では新型コロナウイルスの感染者数が連日過去最多を更新している。国内では20~30代の若年世代の感染割合が増え、首都圏を中心として全国的に新規感染者が増えており、日本医師会では7月15日に「新型コロナウイルス感染症対策再強化宣言」を発信するなど、国内における感染拡大への警戒感を強めている。
 新型コロナウイルス感染症の患者や疑い患者を受け入れた医療機関ではコストがかさみ、また、受診時の感染を過度に恐れた患者の受診控えにより、医療機関の経営状況の悪化は全国的な規模で広がっている。このままでは、同感染症が収束しても、各医療機関の経営は回復不能な水準にまで落ち込み、最悪の場合、地域の医療崩壊を招くことになりかねない。
 未曽有の経営危機にある医療界では、医療従事者の給与や賞与を一部カットせざるを得なくなる状況に陥ってしまい、待遇面から離職へとつながり、医療提供体制が不十分となることで今後の第2波、第3波が到来した際の対応は困難を極めることが考えられる。
 日本医師会を始め、各団体が実施した今年3月以降の経営状況調査では、経営悪化の詳細が続々と明らかとなっており、診療報酬や国による予算上の措置があっても、経営悪化に歯止めがかかるかは不透明な状況にある。
 今回は、顕在化してきた医業経営の悪化に焦点をあて、現状と課題、第2波に備えた医療提供体制の再構築について特集する。

●医業経営の悪化が顕在化

○小児科と耳鼻咽喉科 外来受診約33%以上減
 新型コロナウイルスへの感染リスクを懸念して医療機関への受診を控える人が多くなったことで、地域の診療所には多大な影響が及んでいる。
 日本医師会が今年3~5月分のレセプトを対象とした調査では、診療所の9割以上で「外来受診が減った」と回答、3月から減少の一途を辿っており、5月の初診料は無床診療所44.7%減、有床診療所34.6%減、病院41.5%減再診料はいずれも10%以上減少している。また、診療所の診療科別で見ると、3~5月の外来総点数は前年比で減少幅の多い順から小児科35.8%減、耳鼻科33.5%減と続いている。
 5月診療分の外来レセプト請求総件数は前年同月比、診療所20.8%減、病院19.8%減、総点数診療所20.2%減、病院11.6%減となり、この状況が長く続けば医療機関の経営継続は困難となり、閉院に追い込まれれば地域医療へ及ぼす影響ははかり知れない。
 他にも特定健診やがん検診の実施者数は病院の約7割、診療所の約6割で減少、予防接種の実施者数も病院と診療所の約半数で減少に転じている。また、来院回数を減らすため長期処方が多くなったり、接触を避けるため電話再診が拡大しているなど医療機関へのアクセスが疎遠になることで疾病の見逃しや健康状態の悪化につながる恐れが大きくなっている。

※日本医師会「新型コロナウイルス感染症対応下での医業経営の状況-2019年および2020年3~5月レセプト調査」をもとに作成

○新型コロナ受け入れ病院 78%が赤字
 病院も外来・入院ともに患者が大幅に減少しており、経営状況は著しく悪化している。日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会が全国の病院経営状況を調査した結果、全国の病院の66.7%が赤字となっていることが判明した。さらに新型コロナウイルスの患者を受け入れた病院では78.2%が赤字となり、感染者数が多い東京都の病院になると約9割が赤字と経営悪化が顕著となっている。
 医学部のある国公私立の大学が参加する全国医学部長病院長会議の試算では、4月単月の減収予測は全体で354億円となり、この状態が続けば4~9月で2,588億円、2020年度全体では4,864億円の減収に上ると推計している。

※日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査」をもとに作成

●現状と課題

項目 内容
感染者数・死亡者数
(7月30日現在)
世界 感染者数 16,991,353名
※感染者が多い順からアメリカ、ブラジル、インド、ロシア、南アフリカ
死亡者数    666,734名
国内 感染者数    33,049名
※感染者が多い順から東京、大阪、神奈川、埼玉、千葉、福岡
死亡者数      1,004名
※内訳は80代以上564名(56.1%)、70代271名(26.9%)、60代105名(10.4%)
PCR検査の抑制 感染者が急増した3月下旬以降、疑い患者に対するPCR検査の実施が迅速に進まないことが相次いだ。
検査する地方衛生研究所の人員不足や厚生労働省が示した「37.5度以上の発熱が4日以上」の受診目安に保健所が厳格に従ったことなどが検査抑制の要因となった。
日本医師会が調査した「新型コロナウイルス感染症に係るPCR検査を巡る不適切事例」では、医師が臨床的・総合的に必要と判断したにもかかわらず、検査が実施されなかった事例が全国で290件にのぼることが分かった。
医療現場の逼迫した状況 第1波の感染拡大時、各地では感染者を受け入れる病床が不足した。(その後、軽症者を宿泊施設に受け入れる措置がとられた。)
また、大規模な院内感染が発生したことによる外来診療の休止や、新型コロナウイルスへの対応に追われて救急救命に対する余力を失い、急患の受け入れを停止せざるを得ない事態に追い込まれた。
医療現場の逼迫した状況により、欧米のように重症患者が治療を受けられないまま命を落とす医療崩壊の恐れが現実味を帯びた。
保健所の機能低下 新型コロナウイルスに対応した各地の保健所では、業務量が過大となり、その機能が大きく低下した。
原因として、政府の効率を重視した施策により、1990年代以降、保健所の統廃合や職員削減が進んだことが背景にあり、保健所の数は1994年の848ヵ所から2020年には469ヵ所と半減している。

●医療提供体制の再構築

○「福岡市医師会診療所」サテライト設置
 PCR検査を集中的に実施するための「地域外来・検査センター」は、行政が各地域の医師会に委託して施設設置を進めているが、第2波、第3波に備えて、検査体制をさらに充実させる必要がある。福岡市医師会ではドライブスルーで検査を行う「福岡市医師会診療所」について、市内3ヶ所にサテライトを設置し検査体制を拡充している。(設置場所は非公表)

○受け入れ病床の拡充
 福岡県の新型コロナウイルス患者を受け入れる病床数は、当初12の指定医療機関における66の感染症病床のみだったが、受け入れに協力する一般病院も増え、現在490床まで拡大(重症病床60床)しており、無症状や軽症者向けの宿泊施設については現在市内で455室を用意している。感染拡大時に備え、県ではさらなる病床確保を進めている。

○医療受け入れ体制の指標
 今後、次なる感染拡大の局面を迎えた際に、医療機関に病床準備等の受入体制整備を要請するため、福岡県では独自の指標として「福岡コロナ警報」を設定している。右図の4つの指標をもとに総合的に判断し、医療機関への協力要請と合わせ、県民や事業者がとるべき措置について検討するための材料となっている。

※福岡県ホームページより作成。直近の警報値は以下URL参照。
https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/covid19-hassei.html

医療情報室の目

新型コロナウイルス感染症の拡大阻止と長期化への備え

 7月中旬から全国各地で新型コロナウイルスの感染が再び拡大しており、福岡県では7月30日に1日最多となる11人の感染が確認されたが、そのうち30代以下が8割を占めている。現在の感染拡大の特徴は若年世代が占める割合が多くなっており、その年代では無症状や症状が軽い方が多いことから無意識に高齢者や他の年代に家庭内等で感染を広げている可能性がある。市中では繁華街に若年世代が集まり、充分な感染対策無しに活動することで感染を広げている現状も指摘され、改めて国民全体で3密(密閉・密集・密接)を避けること、不要不急の県境を越えた移動の自粛等、「新しい生活様式」を再度認識の上、行動に移すことが欠かせない。
 併せて、早期に新規感染者を補足することが重要で、各都道府県では検査能力の増強に努めてはいるが、現在の体制が十分なのか、常に検証を重ねていく必要がある。「集荷搬送の効率化」や「協力医療機関の増」、無症状者や濃厚接触者にあたらない人への「検査対象の拡大」等、更なる検査体制の充実は喫緊の課題である。厚生労働省は7月17日より無症状者に対する唾液検査を承認しており、検査時における感染リスクを下げることと導入のし易さから今後の普及が期待されている。検査の結果、陽性者の受け入れ先として入院先等の確保は行政との緊密な連携により迅速に行う体制を整えなければならない。

 今夏以降に予想されているのが新型コロナウイルスとインフルエンザの同時流行である。医療機関では症状だけでこれらの感染症を鑑別することが困難な為、医療現場での混乱が危惧されており、インフルエンザの予防は例年にも増して欠かせない。そのため学童や高齢者へのインフルエンザワクチンの接種勧奨と接種希望者の増が見込まれ、同時に肺炎球菌ワクチン接種増も考えられるが、それに伴うワクチンや投与に必要な資材・器材不足も起こり得るなど、シーズンが到来する前に需要に応じた供給量を確保しなければならない。

 政府の補正予算では、医療提供体制整備等の緊急対策として「新型コロナウイルス緊急包括支援交付金」が創設され、医療機関における感染拡大防止等への支援や患者と接する医療従事者等への慰労金など、医療機関の経営を継続的にサポートするための予算が組まれた。しかし、各支援金等の申請には煩雑な書類作成や提出先が多岐に亘るなど、申請する側の医療機関にとって容易でなく、また、支給迄に時間を要する等の課題が残る。

 医療や介護などの社会保障制度は国民生活を支え、社会の安定を果たす重要な社会基盤であることを念頭に医療機関や医療従事者への支援をさらに充実し、その支援が迅速に行き渡ることが肝要であり、政府には正確な現状把握と迅速な政策決定、実行を望みたい。

 日本医師会は、感染拡大防止として5つの取組み(PCR検査の拡大、地域の実情に応じた対策、院内感染対策実施の安心マーク、医療機関に対する支援、感染予防の啓発)を推進することを表明しているが、医師会のみならず国民と行政が一丸となって連携し、来る第2波、第3波を阻止する必要がある。


編集
福岡市医師会:担当理事 立元 貴(情報企画担当)・牟田浩実(広報担当)・江口 徹(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)