医療情報室レポート No.238 特集 :新型コロナウイルス感染症への対応~その2~

2020年5月29日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集 : 新型コロナウイルス感染症への対応~その2~

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、政府は4月7日に特別措置法に基づく「緊急事態宣言」を福岡県を含む7都府県に発出した。
 4月16日には対象地域は全都道府県に拡大され、対象期間は当初、大型連休終了時の5月6日までとされたが、感染者の減少も充分な水準とはならず5月末日までの延長方針が示された。その後、緊急事態措置の解除基準(感染状況、医療提供体制、監視体制)に照らし、5月14日には福岡県を含めた39県で解除、25日に全ての全都道府県で「緊急事態宣言」は解除された。
 「緊急事態宣言」が発令された間、不要不急の外出自粛や様々な施設への休業要請等により、我々の日常の景色は一変してしまった。
 感染拡大は収まりつつあるが、治療にあたる各医療施設では感染リスクと常に隣り合わせで、現在でも全ての医療機関で新型コロナウイルス感染者の受診可能性を考慮した対策が実施されており、緊張した状態が継続している。
 今回は、前回のレポートNo.237(新型コロナウイルス感染症への対応)以降、変化した社会情勢や今後の課題等を中心に特集する。

●「緊急事態宣言」がもたらした社会への影響

○医療界への影響

★医療危機的状況宣言
 都市部の医療現場では「緊急事態宣言」が発令される前から危機的状況が続いており、医師を始め医療従事者が感染して医療提供ができない事態も生じていた。日本医師会では地域の医療提供体制維持のため、国民に対し自身の健康管理、感染を広げない対策、適切な受診行動要請のため、4月1日に独自に“医療危機的状況宣言”を発表した。(「緊急事態宣言」解除を受け5月26日解除)
 医療機関内での大規模クラスター発生は避けなければならないが、新型コロナウイルスへの感染はどの医療機関でも起こり得ることである。
 医療従事者は常に感染リスクの最前線で治療にあたっており、医療提供行為の中での感染は責められるべきではない。

★受診控えと重症化の懸念
 緊急事態宣言の解除が進む中、現在懸念されるのが、院内感染を恐れ、医療機関への受診を過度に控え重症化に繋がることである。
子どもの予防接種や高血圧などの慢性疾患を抱える患者の受診控えが広がっている現状があり、新型コロナウイルス以上に健康に大きな影響を与える可能性がある。症状のコントロールなどは適切な受診が不可欠であり、治療中の方等はかかつけ医への相談が必要である。
 その他、医療界が受けた影響について以下のとおりまとめた。

項目 内容
医療従事者の感染状況 医師や看護師などの医療従事者や介護・障害福祉サービスの従事者が感染するケースが相次いで発生した。
陽性者数は、医師が155人以上、看護師が530人以上、介護職員やその他の職員、内訳が未判明な職員等を含めると計1,400人以上になり全感染者の約8.4%を占める。
医療機関の数では約210カ所、介護・障害福祉サービス事業所で約70カ所の合計280施設。
(日経ヘルスケア調べ、5月27日時点)
医療関係者への風評被害 感染者・濃厚接触者の診察をした医療機関を始め、医療従事者というだけで、本人やその家族がいわれなき誹謗中傷を受ける事例が各地で散見された。職員の接触拒否、患者からの受診拒否や転院希望、医療従事者の子どもに対するいじめ、保育園への出入り禁止などが報告された。風評被害があった医療機関では、休診に追い込まれたり、患者数が減少するなどの影響があった。
医業経営への影響 全国医学部長病院長会議の調査によると、2020年度末の各大学病院の損失は約5,000億円にのぼると推計され、新型コロナウイルス感染症患者の受け入れには1人当たり200万円から400万円の補助が必要であると試算した。
また、日本医師会が公表した「新型コロナウイルス対応下での医業経営状況等アンケート調査」によると、診療所における2020年3月の初診料算定は前年3月分と比較して3割減、一方で電話等再診の算定は前年3月分の約7倍と大幅に増加していた。4月以降も外来および入院共に患者数が減少しており、このままでは医療経営に影響をおよぼし、閉院する医療機関が出れば地域医療崩壊につながることが懸念されている。

○社会全体への影響

★経済は戦後最大の危機
 政府が発令した「緊急事態宣言」により、外出やイベントの自粛、学校休校、医薬品など必要物資の売渡し等について、全国の知事が要請や指示を行うことが可能となった。いわゆる「3密」(密閉空間・密集場所・密接場面)を避けるための外出自粛や在宅ワーク、巣ごもり消費等により誰しもが経験のない日常を送ることになった。
 世界的な流行となった新型コロナウイルス感染症は、あらゆる業界に影響をおよぼし、外食産業や観光産業等では事業継続が困難となり、倒産に追い込まれる中小企業が発生するなど深刻な事態を招いている。
 内閣府が発表した2020年1~3月期の国内総生産(GDP)は前期比年率3.4%減で2四半期連続のマイナス成長だったが、外出自粛等の影響が出てくる4~6月期は20%前後のマイナスが予想されている。(リーマン・ショックがあった2008年度はマイナス3.4%)
 安倍首相は「経済は戦後最大の危機に直面している」と述べている。

●医師会と行政との連携

○検査体制の拡充
 感染者数増に伴い、各保健所の「帰国者・接触者相談センター」や患者を受け入れる「帰国者・接触者外来」での業務が増加し、電話の不通や医師が必要と判断しても検査実施に至らない問題があり、検査体制の拡充が求められていた。
 厚生労働省は、PCR検査を集中的に実施するため「地域外来・検査センター」の運営を行政が医師会に委託できることを示し、各地域の医師会では行政と連携して施設設置の動きが進んだ。
 患者との接触を避けるため、ドライブスルー方式やテント・プレハブ設置などが導入され、また、混乱を避け検査を円滑に行うため「帰国者・接触者外来」と同様、「地域外来・検査センター」の設置場所や連絡先は原則非公表とされている。

※以下は福岡市ホームページより作成。
 福岡市内各区の保健所に設置された帰国者・接触者相談センターは4月20日より「新型コロナウイルス感染症相談ダイヤル」に一本化。

福岡市医師会では「地域外来・検査センター」として「福岡市医師会診療所」 を設置、ドライブスルーの検査センターの運営を開始している。

○治療薬の開発促進
 福岡県医師会では、新型コロナウイルスの治療薬として期待される抗インフルエンザ薬「アビガン」の臨床研究を促進するため、福岡県に協力を求め、症状悪化前でも現場医師の判断で投与できる独自の仕組みを構築した。
 投与するには、「各医療機関の倫理委員会を経て臨床研究を進める大学に申請」といった高いハードルがあったが、軽症者も含め早期投与が可能となった。

●医療機関の対応や支援

項目 内容
診療報酬による対応 厚生労働省は院内感染を防止するため時限的・特例的な措置として、電話やスマートフォンなどによるオンライン診療を初診を含め認めている。患者は自宅での受診などのメリットがあり、政府は感染終息後も引き続きの活用を検討しているが、画面越しの映像と問診のみでは医師が得られる情報は少なく、対面診療と比べ見落としや誤診の可能性が高くなるデメリットもある。オンライン診療については感染収束後は直ちに元の規定に戻るべきであり、今後の取り扱いには注視する必要がある。
情報収集と発信 日本医師会は新型コロナウイルスに関する情報収集と提供を目的に、医学界の有識者を集めた「日本医師会COVID-19有識者会議」を4月18日に設置した。
( https://www.covid19-jma-medical-expert-meeting.jp/
また、今回の感染症は、専門の医療機関だけでなく一般外来でも診察する可能性があるため、最近の知見を分かりやすく正確に共有することを目的に「新型コロナウイルス感染症外来診療ガイド」が作成されている。
( http://dl.med.or.jp/dl-med/kansen/novel_corona/shinryoguide_ver1.pdf
物資等の支援 マスクや手指消毒液などの医療資材不足は深刻で、国から優先的に配付されているものの充分に行きわたらない現状がある。原材料の調達や生産の多くを諸外国に依存しているためであり、国内での供給体制確立に向けた改善が必要である。
医療機関
対象の経済的支援
医療機関をはじめとする事業所を経済的に支援するための施策は日々刻々と変化しており、国や県、市が実施している融資など医療機関によって利用できる制度も異なる。各施設で運転資金等の融資を検討する場合は、まずは取引のある各銀行などに相談頂き、自治体によっては医療機関や医療従事者支援の特別給付金を支給する場合もあるため、各自治体が発信する情報を確認する必要がある。
医療従事者の心理的影響 医療従事者には、職場における感染対策・感染リスクが長期化するだけではなく、休業・解雇による収入の問題、休校・休園等による家庭内の負担等、多大なストレスがかかっており、今後十分なメンタルヘルス対策が求められる。

医療情報室の目

経済優先することなく、医療提供体制の構築を

 今回発令された「緊急事態宣言」により、我々は新型コロナウイルス時代に対する新たな日常生活を作り上げなければならなくなった。
 現時点における感染拡大防止には徐々に光が指してきたものの、社会全体・医療界が被ったダメージはこれから拡大・長期化することが予想され、また、治療薬、ワクチンが確立されていない中、感染の第2波・第3波への備えは不可欠である。
 我が国で発令された「緊急事態宣言」は、海外のように都市封鎖されることもなく、強制力を伴わない内容であるにもかかわらず、国民一人一人が自主的に協力することにより徹底した自粛が行われたことで、感染拡大防止に奏功したと言える。
 しかしながら、各医療機関では感染拡大当初から常に感染者受診の可能性を想定しながら緊張感を持って受入態勢を維持し続け、更に前述のとおり、この数か月間の受診控えによる患者数減や、新型コロナウイルスの患者を受け入れた病院ではコスト増となるなど、各医療機関における経営悪化が深刻な問題として顕在化してきている。医療機関の経済的ダメージは予想以上にはるかに大きく、この完全な回復は困難であり、政府による相当な支援が持続的に図られないと地域医療は持たない。また、感染症対策に不可欠なマスクやガウン、消毒液等の医療資材は枯渇し、現在もその供給体制は不十分な状況が続いており、政府には今回の混乱を踏まえ、有事の際の視点をもった対策を求めたい。
 政府は感染症病床が逼迫していることから、一般病院での受け入れや宿泊施設の活用を進めたが、現在進められている「地域医療構想」では、約13万床の病床削減を目安として掲げ、昨年には再編等を議論すべき全国の公立病院等を実名公表したが、その対象となった病院でもコロナウイルス患者を受け入れている。イタリアなどの諸外国は、医療費削減を目的とした病床数減により急性期病床が少ないことも一因で医療崩壊を来したとも言われ、厚生労働省は病床削減に関して見直しを表明している。
 我々地域医師会には地域医療の維持・継続が求められるが、今回のコロナ禍による医療崩壊を起こさないためには、検査体制の充実、医療資材の安定的な供給等が欠かせず、医療現場での自助努力だけでは賄いきれないことに理解を望みたい。政府の諸施策実施には経済面・財政面に偏ることなく、医療現場の声に耳を傾ける姿勢を求めたい。


編集
福岡市医師会:担当理事 庄司哲也(情報企画担当)・清松由美(広報担当)・松浦 弘(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)