医療情報室レポート No.236 特集 : 診療所における水害対策

2020年1月31日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510

特集 : 診療所における水害対策

近年、「数十年に1度」と表現される局地的な豪雨が毎年のように多発し、各地で被害をもたらしている。昨年8月に九州北部を襲った記録的な大雨では、佐賀県にある病院の周辺が冠水し、3日間孤立状態となった。病院の1階部分が浸水したものの、避難訓練を年6回行うなど普段からの十分な訓練により、入院患者ら約180人全員が被害にあうことなく無事であった。
地球規模の温暖化の関連性が指摘されている集中豪雨は今後も多発することが予想され、大規模な水害がイレギュラーな事態ではなく、いつどこで発生してもおかしくない現状に対して普段からの備えは必要不可欠である。
大規模な災害等が発生した際に、企業や組織が中核となる事業を継続するための方法や手段などをあらかじめ決めておくことを「BCP」(Business Continuity Plan=事業継続計画)と呼び、医療機関におけるBCP策定の重要性は当レポートNo.226(医療機関に求められている災害対策)でも特集したが、今回は診療所においてどのような水害対策が必要となるか考えてみたい。

●診療所周辺で想定される災害の危険性を知る

災害時の被害を軽減するためには、診療所周辺で想定される“災害の危険性”を知ることが最初の一歩であり、情報を得るための手段として「ハザードマップ」がある。
福岡市のハザードマップは、ホームページ「福岡市防災マップ」で公開されており、①洪水浸水、②土砂災害、③地震、④津波、⑤高潮の災害種別毎に確認ができる。
大雨による災害発生の可能性が高い時にはアクセスが集中し、通信が困難な状況も考えられるため、あらかじめ、近隣の災害発生の予測範囲や被害程度、避難場所等を把握しておきたい。

福岡市防災マップ

https://webmap.city.fukuoka.lg.jp/bousai/ ) 

●水害版BCP(事業継続計画)を策定するために

災害時にいかに早く診療体制を立て直すのか、対策の一環としての「BCP」策定は非常に有効である。
厚生労働省が昨年7月に公表した「病院の業務継続計画(BCP)策定状況調査の結果」では、BCP策定が義務付けられている災害拠点病院全736病院のうち、732病院(平成31年4月1日時点)が策定を完了(99.4%)したことが報告されたが、病院全体の策定率は25.0%(1,826病院)に留まっている。診療所にはBCP策定の義務がないため、さらに低い策定率が推測される。
診療所でBCPを策定する場合、開設場所(ビル内、自宅と併設など)や診療科目、入院患者の有無など開設状況は様々なため、想定される被害や優先業務等もそれぞれに異なる。ここでは水害対策のBCPを策定する前に“自院の現状と防災対策状況”を把握するため、参考までに自己診断チェックリストを作成した。診療の継続にはスタッフを確保することをまず念頭に置き、各診療所における浸水リスクと備えの把握にご活用いただきたい。

(BCP策定のポイントや大まかな手順は当レポートNo.226(以下URL)を参照)
https://www.city.fukuoka.med.or.jp/jouhousitsu/report226.html

項目 チェック内容
組織体制
  • 非常時の情報収集や連絡網構築
  • 非常時の人員確保(出勤停止や強制帰宅の判断)
  • 教育・訓練の実施有無や頻度
規律・運用・広報
  • 緊急時の報告方法に関する取り決め
  • 緊急時対応に関するマニュアル
  • 緊急時に医療機関として社会的責任を果たせるか否か
設備・装備面での対応
  • 停電時のセキュリティ
  • 非常用電源や燃料の確保
  • 断水時の水源確保
  • 重要な医療機器の点検や修理
  • 劇薬・薬品・危険物の管理
  • カルテ等の重要データ(電子・紙)の管理
  • 電子データのバックアップの有無
  • 施設内ネットワークシステムの点検・復旧
建物の安全性
  • 施設の浸水対策
  • 浸水後、建物が使用不能となった場合の対策
周辺環境の変化への対応
  • 道路被害を受けた場合の被害情報収集
  • 伝達、流通網の確保
財務・契約面での対応
  • 災害時の保険契約の有無
  • 医薬品や物品の卸売業者との災害時の損失に関する協定締結状況

※国土交通省 九州地方整備局 武雄河川事務所「水害版BCP作成手引き」を基に作成

●具体的な水害対策

水害は雨が降り出してから被災するまでの時間があることが地震災害との違いで、この“時間”を防災対策に活用できる場合もある。
水害対策として考えられる具体案について以下のようにまとめた。

項目 具体例
浸水対策用品
の備え
少人数で短時間の設置が可能な浸水対策用品として、「土のう」や、水を入れるだけの「水のう」、地面に置くだけで水圧によって固定される「止水版」などもある。
水害への
保険
水害によって建物や設備、医療機器等に損害が起きた場合、火災保険に含まれる水災補償で対応が可能。
(火災保険の補償範囲の確認や見直しも必要。)
非常用電源
の確保
医療機器への電力確保は重要課題。
沖縄県医師会の「PHV・EVによる医療機器への電源供給―災害時における非常用電源としての実用性の検証」(日医雑誌 第147巻 第3号)
では、プラグインハイブリット(PHV)や電気自動車(EV)は、災害時
の医療用非常用電源として実用性が高いと報告。
重要データの
バックアップ
電子カルテやレセプトなどの重要データをクラウドなど外部にバックアップすることも選択肢の一つである。
また、日頃からできる対策として重要書類の電子化保存、サーバーの上層階等高所への設置、水害時のサーバー切断避難準備等も有効。

●福岡県で発生した主な水害

福岡県内で発生した過去の主な水害は次のとおりである。
福岡市の中心部には、地下街や地下鉄をはじめとする地下空間が広がり、市街部が浸水した場合、地下空間にも水が流れ込み、被害が拡大する「都市型水害」が起こることが指摘されていた。平成11年6月の水害では、市内の御笠川が氾濫、地盤の低い博多駅周辺が浸水し、地下街から逃げ遅れた方が犠牲となった。この災害を受け、市では雨水排水施設の整備を進め、現在では市内の浸水安全度は大幅に向上している。

発生時期 災害の概要 県内の被害状況(福岡県災害年報より抜粋)
死者(人) 家屋被害(棟)
全壊 半壊 床上浸水 床下浸水
昭和28年(1953)6月 西日本大水害 九州最大級の筑後川が大規模に氾濫。
福岡県で最も多くの犠牲者が出た大雨災害。
286  2,150  2,819  92,532  119,127 
平成11年(1999)6月 福岡水害 市内を流れる御笠川が氾濫し、市街部が大規模に浸水。
地下街に濁流が流れ込む。
1,273  4,890 
平成15年(2003)7月 福岡水害 御笠川が再び氾濫。博多駅周辺の被害が著しく、JRや地下鉄への浸水が長期間にわたる。 26  56  3,472  3,489 
平成21年(2009)7月 中国・九州北部豪雨 九州自動車道の太宰府IC付近で土砂崩れが発生し、走行中の自動車が巻き込まれる。市内では樋井川や那珂川が氾濫。 10  13  11  1,319  4,157 
平成24年(2012)7月 九州北部豪雨 河川の氾濫や土石流が県内各所で発生。八女市では地すべりや
土石流が相次いで起こり、道路や橋梁が損壊して孤立集落も発生。
70  432  1,085  4,678 
平成29年(2017)7月 九州北部豪雨 九州で初めて「大雨特別警報」が発表。朝倉市では観測史上1位の雨量を記録し、甚大な人的被害と家屋被害をもたらす。 37  277  831  22  597 
平成30年(2018)7月 西日本豪雨 西日本を中心に犠牲者220名を超える平成最悪の気象災害。
県内の広い範囲で被害が発生。
19  230  929  2,461 

医療情報室の目

BCP策定の第一歩を踏み出すために

気象庁の統計によれば、九州・山口県における1時間に降水量50ミリ以上の非常に激しい雨の発生回数は、1976年から2018年までの43年間で年間60回程度から年間100回を超えるまでに増加している。地球温暖化に伴う気候変動により、今後も大雨の発生頻度は増大することが予測されており、今ある防災対策や防災意識を上回るような大規模な水害が発生する可能性は非常に高いものと考えられる。
地域医療の第一線を担う診療所では、災害発生時でもかかりつけの患者や被災者への緊急医療など必要な対応に迫られる可能性があり、医療提供の継続性を保つことが求められる。診療所だけではなく、病院も含めた医療機関には一般企業以上に災害に対する事前の備えが必要で、平時のときからできる限りの準備をしておくことが肝要である。
シンプルで使えるBCPの策定を目指し、まずは院長などの責任者が積極的に関わることが最初の一歩で、また、BCPは策定しただけでは防災力が向上したとは言えず、策定後も計画を立て(Plan)、実行し(Do)、その結果を検証し(Check)、改良・改善する(Action)という「PDCA」サイクルを繰り返し、常に継続的な改善をすることを忘れてはならない。
BCPの重要性について、病院では認知されつつはあるものの、診療所での認識はこれからの課題のように思われる。災害への備えは、何も水害に限ったことではなく、地震や火災などの他の災害にも通ずるものであり、包括的な危機管理対策を意識しながら、有事の際の医療提供体制の構築に今回の特集内容が診療所におけるBCP策定の一つの契機になっていただければ幸いである。


編集
福岡市医師会:担当理事 庄司哲也(情報企画担当)・清松由美(広報担当)・松浦 弘(地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)