医療情報室レポート
No.226

2018年9月28日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特 集 : 医療機関に求められる災害対策  

 
  今月6日、北海道で胆振地方を中心とするM6.7の地震が発生し、道内では全域の電力供給が止まる異例の事態が起こり、また一部の地域では断水が発生するなど、地域のライフラインに深刻な影響をもたらした。
 昨今、このような大規模地震や集中豪雨などの自然災害が各地で発生し、地域住民のみならず、企業や組織にも甚大な被害をもたらしているが、その対策の一環としてBCP(事業継続計画)の重要性が叫ばれている。
 このBCPは、大きな災害や事故が発生した際に、事業の被害を最小限にとどめ早期復旧を目指すためのマニュアルのようなものであるが、医療機関での策定率は一般企業と比べて、きわめて低いとされている。しかし、災害発生時には、医療現場は被災者への緊急医療など発災直後から必要な対応に追われる可能性があり、一般企業以上に、BCP、すなわち医療を継続できる体制を備えておく必要があるといえる。
 今回の医療情報室レポートでは、BCPのポイントを取り上げ、医療機関にどのような対策が必要となるか考えてみたい。

●BCP(事業継続計画)とは何か?

■BCPの定義
  BCPは、Business Continuity Plan の略語。大規模な災害等が発生した際に、企業や組織が中核となる事業を継続するための方法や手段などをあらかじめ取り決めておく計画。

■BCPの効果
  「どこで」「何を」「誰が」「いつまでに」「どのように」行うのかといった行動指針などが平常時から認識されるため、万一の緊急時にも冷静に構えて事業のレベルを一定に保ち、初動期対応から復旧活動へとスムーズに移行することなどが期待できる。 

 
■BCP策定のポイント
   ●優先業務(止めてはならない/早期に復旧すべき業務)を決定
   ●経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の把握・適切な運用
      ヒト … 人命の安全確保を最優先事項とする。人員を把握
           し、計画を立てる。
     モノ … 災害時に必要な物資をリストアップし、優先的に
          保全、調達し適切に配置する。
     カネ … 災害保険の加入など復旧に必要な資金源を確保
     情報 … 情報システムのバックアップ等を日頃から講じる

■「防災マニュアル」とBCPとの違い
   防災マニュアルは、主として「災害急性期の初動的な対応を行う
  ための取り決め事」を整理したものである。それに対し、BCPの
  カバーする範囲は広く、起こり得る事象に対して事前の点検や準備
  をも含めたものであるため、組織に対応策を浸透させる研修、訓練
  なども行うことが必要となる(表1)   
 

●一般企業と医療機関でのBCPの違い

  災害や集団感染等が発生した場合、傷病者や感染者が著しく増えるため医療機関では、一般的な企業に比べて平時よりもその需要が大幅に増加する。したがって、医療機関においては、たとえ被災した場合でも医療体制を維持・回復し、その機能を直ちに発揮することなどが求められる。また、災害時の医療現場では、予期できない被災患者への対応が迫られる。これは、急性期病院であればなおさらであり、災害拠点病院ではより多くの傷病者に対応できる体制が必要となる。すなわち、医療機関においては一般的な企業以上に、事前の対策が重要となる。
 
 
 ○医療機関のBCP策定率は低い
  2016年の熊本地震の発生を受けて、災害拠点病院にはBCPの策定が義務付けられ、2019年3月までに整備しなければならなくなった。ただ、2013年に内閣府が行った調査では、当時、大企業のBCP策定率は53.6%、中堅企業が25.3%であるのに対し、医療機関の策定率は7.1%と著しく低い結果となっている。その主な要因としては、一般企業の場合はBCPの策定自体が事業提携や契約を結ぶ際の必要事項となることがあるのに対し、医療機関には特に策定義務もなく、コストや労力をかけてまでBCPを策定しようとする機運がなかったためと考えられる。
 
 

●災害時に医療機関で想定される影響

 

●医療機関におけるBCP策定のポイント

  いくつかの医師会や自治体では、医療機関向けにBCP策定ガイドラインを作成し提供している。ここでは、ホームページ上で公開されている浜松市医師会、東京都福祉保健局のガイドラインを紹介するので、是非参考にされたい。
  なお、BCPは計画の策定が目的ではない。策定後も、計画を立て(Plan)、実行し(Do)、その結果を検証し(Check)、改良・改善する(Action)という「PDCA」サイクルを繰り返し、常にアップデートしていくことが最も重要であるとされている。

  ・浜松市医師会 「医療機関における防災力強化のための事業継続計画(BCP)策定支援プログラム」
    (浜松市医師会ホームページ:http://hamamatsu-ishikai.com/docs/disaster/program4.pdf )
  ・東京都福祉保健局 「事業継続計画(BCP)ガイドライン」
    (東京都福祉保健局ホームページ:http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kyuukyuu/saigai/zigyoukeizokukeikaku.html
        
                             
                                BCP策定の大まかな手順

@方針の策定
  BCPを策定するにあたって、組織のトップによる方針を明らかにする。

A計画の策定
  組織のトップによる方針に従い、具体的な業務計画を検討する。

B実施及び運用(実施のための整備)
  BCPの策定後は、計画の実施に向けた予算を確保し、中長期計画も含めた年次計画の中でBCPに従った取組みを実施する。

C教育・訓練の実施
  BCPを実践するためには、全職員にBCPの重要性について共通認識を持たせる。そのためにも、平時からBCPの実施・運用に関する教育・訓練を継続的に行っていく。

D点検・是正
  平時から、定期的にBCPの内容を点検し、実施できていない事項を把握して、上層部の方針として是正を行う。

E組織のトップによる方針の見直し 
  組織のトップは、BCPの取組状況や社会的な状況の変化(災害リスクの増大やライフラインの変化)等に応じ、定期的に方針を見直す。

医療情報室の目

 ★BCPは継続的な訓練と検証こそが必要である

  古来から、日本は「地震大国」と言われてきたが、ここ数年を振り返ってみると、熊本地震や今回の北海道胆振東部地震といった大規模な地震だけではなく、巨大台風や集中豪雨による風水害も頻発し各地に大きな被害をもたらしている。
  2017年に、災害拠点病院のBCP策定が義務付けられたことなどを機に、医療機関の間でも、その重要性の認識は少しずつ高まっていると思われるが、最も肝心なのは、BCPを策定した後の運用であることを忘れてはならない。BCPは、あくまでも一つの「計画書」であり単なる成果物である。しかし、その内容は例えば職員の入れ替わりや、設備の変更、事業環境の変化などにより刻々と変わっていくため、継続的なメンテナンスがなされなければ陳腐化してしまう。そもそもBCPに限らず、最初から完全なマニュアルを作り上げることは困難な話であり、まずは組織のトップがBCPの重要性と策定を宣言し、早急に動き出すことこそが重要だといえよう。目指すところは、BCPそのものを作り上げることではなく、策定後も組織の全職員がBCPの重要性を共通認識として持ち続け、初めは机上の演習であっても、医師会や行政等の複数の組織による合同訓練と検証を繰り返しながら、実効性のあるマニュアルの醸成と様々なリスクに対応できる体制を整備していくことである。

編集  福岡市医師会:担当理事 庄司 哲也(情報企画担当)・清松 由美(広報担当)・松浦 弘(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。
(事務局担当 情報企画課 大西)
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