医療情報室レポート No.275 特集:医療機関の経営危機

2025年9月29日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510

特集:医療機関の経営危機

 国際的な原材料価格の高騰や急激な円安の進行、不安定な世界情勢の影響など様々な要因により、国内でも物価上昇が続いている。医療界も例にもれず光熱費や賃料だけでなく、医療品や人件費の高騰により支出が急増し、多くの医療機関が経営危機に直面している。
 令和7年度の最低賃金引き上げ額は過去最大となり、中小企業にとって人件費高騰は深刻な経営圧迫の要因となっている。特に公定価格である診療報酬により収入を得る医療機関ではコスト増加分を価格転嫁することができず、本年が診療報酬の改定年度に当たらないこともあり、経営への影響が一層深刻化している。
 こうした状況のもと、医療機関の倒産や休業・解散は増加傾向で、帝国データバンクの調査では令和6年度の医療機関(病院、診療所、歯科医院)の倒産は64件、休廃業・解散は722件といずれも過去最多を更新しており、令和7年度上半期においても既に倒産は35件と前年を上回るペースで推移し、今後の更なる増加が懸念されている。
 今回は医療機関の経営状況、支援の現状、令和8年度診療報酬改定に向けた動きについて特集する。

●医療機関の経営状況

 本会では国や行政へ現状を伝え、適切な支援を要望することを目的に、無床診療所の会員医療機関の経営状況に関するアンケート調査を実施した。(結果概要は定例記者会見(令和7年8月6日)で公表、令和5年度・令和6年度の比較)
 調査結果は回答率33.2%で、そのうち66%の診療所が減収しており、職員の人件費増を補うために院長や理事長の給与を減額するなど、自費で対応する大変厳しい状況が伺えた。補助金等の救済措置診療報酬そのものの増額を強く求める意見が多くを占めている。

 福岡市医師会「経営状況アンケート調査」
  ○調査対象 会員医療機関(無床診療所のみ)1,044件
  ○回答状況 347件(33.2%)
  ○調査期間 令和7年6月16日~7月11日
  ○収支状況 66%が減収、うち半数が20%以上減収(R5・R6比)
  ○支出状況 53%で人件費10%以上増額(R5・R6比)
  ○収支状況 R5:黒字73%・赤字27%
        R6:黒字61%・赤字39%

[主な集計結果]

 日本医師会「診療所の緊急経営調査」
  調査対象 日医A1会員の診療所管理者(院長)71,986件
  回答状況 13,535件(18.8%)
  調査期間 令和7年6月2日~7月14日

   ※詳細は日本医師会 定例記者会見(R7.9.17)資料参照
    ( https://www.med.or.jp/nichiionline/article/012389.html

日本医師会および福岡県医師会でも同様の調査を実施しており、日本医師会の調査では診療所の経営状況は減収減益で、医療法人の約4割が赤字、個人立では経常利益が約2割減少との結果が報告されている。
物価高騰や人件費上昇に加え、新型コロナに関する補助金診療報酬上の特例措置廃止による減収が大きく影響しており、日本医師会は次期診療報酬改定での大幅アップ早期の補助金期中改定による支援が不可欠と強調している。

●支援の現状

○「補助金」による対応
 医療機関の経営危機に対して迅速かつ直接的に資金を供給するため、国や行政は財政支援として補助金を交付している。
 今後は申請手続きの簡素化や補助金の継続的な支給が求められる。

<医療機関対象の補助金>


事業名 概要 申請期間
R4 R5 R6 R7


福岡県医療機関等物価高騰対策支援金 国の「電力・ガス・食料品等価格高騰重点支援地方交付金」を活用し、保険医療機関等を対象に支援 11/1~
R5/2/28
7/25~11/30
12/25~R6/5/31
R7/1/24
~5/30
福岡県医療従事者勤務環境改善促進費補助金
(国事業名:生産性向上・職場環境整備補助金)
R7/3/31までに「ベースアップ評価料」届出の病院・診療所等を対象に業務効率化や職場環境改善を図る費用を補助 6/16~9/30


福岡市燃料費等高騰の影響を受けた事業者支援事業 燃料費等高騰の影響を受けた市内中小企業等の事業継続と雇用の維持を目的に燃料費および光熱費の価格高騰分を一部支援 11/1~
12/31
3/1~5/31
7/14~9/14
10/16~12/15
2/1~3/30
5/16~7/16
4/24~6/30

○公定価格の「診療報酬」
 「診療報酬」は医療サービスの対価として国が定める公定価格だが、平成28年度以降、「診療報酬本体」「薬価等」を差し引いた全体の改定率は5期連続のマイナス改定である。2年に一度の改定では近年の物価や人件費高騰には対応できず、多くの医療機関では支出が収入を上回る状況が続いており、医療現場からは初診料再診料などの基本診療部分の大幅な引き上げを求める意見が強い。

●令和8年度診療報酬改定に向けて

○診療報酬「引き上げ」方針
 政策立案の指針として毎年策定の「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)が令和7年6月13日に閣議決定された。
 昨今の医療機関の経営危機を踏まえ、日本医師会が求めてきた「賃金上昇・物価高騰への対応」「税収等の上振れ分の活用」の視点が盛り込まれており、診療報酬については必要に応じた引き上げを行う方針が明記され、年末の予算編成に向けて前向きな議論が期待される。

<「骨太の方針2025」における社会保障に関する内容>

○高齢化による伸びとは別枠で賃金・物価対応分を加算
○公定価格(医療・介護・保育・福祉等)の引き上げ
○2025年春季労使交渉における平均賃上げ率5.26%を念頭にした診療報酬改定

※内閣府ホームページ資料をもとに作成

○迅速な財政支援を要請
 日本病院会など病院6団体は過去のコスト上昇の補填不足や物価や人件費の急騰を踏まえ、令和8年度診療報酬改定では「10%以上の引き上げ」が必要であると提言している。(右表参照)
 さらに本年度の補正予算においては病院支援策として1病床あたり50万円から100万円の緊急支援を要望しており、地域医療の維持と病院経営の安定を訴えている。
 また、日本医師会・日本歯科医師会・日本薬剤師会においても、令和8年度診療報酬改定を待たず、本年度の補正予算での財政支援を求めており、補助金と診療報酬両面からの対応を強く訴えている。

<令和8年度診療報酬改定で必要な病院の診療報酬改定率>

内容 改定率
令和4年度以降、物価高騰等で6.2%のコスト上昇。診療報酬や経営努力による収支差が「2.8%」 2.8%
令和6年度診療報酬改定で措置されたよりも 賃金・物価上昇が大きく不足分が「約2.5%」 約2.5%
令和8年度診療報酬改定がカバーする令和8・9年度の 物価・賃金上昇分の合計「約4.7%」 約4.7%
新たな手術・検査導入への対応等の通常改定分「0.3%」 0.3%
合計 10%超

※6病院団体合同記者会見(令和7年9月10日)資料をもとに作成

医療情報室の目

★地域医療存続の危機

 日本の医療機関はかつてない経営危機に直面している。人件費や医療材料費等の高騰が続く中、公定価格である診療報酬による収入では対応が追いつかず、医業費用が事業収益を大幅に上回る状況が続いている。その結果、病院の約7割、診療所の約4割が赤字という極めて厳しい経営状態にある。
 厚生労働省の中医協(中央社会保険医療協議会)で示されたデータでは、令和5年度の診療所の経営状況は黒字とされているが、これは新型コロナ感染拡大期における補助金や診療報酬上の特例措置による一時的なものに過ぎない。令和6年3月にこれら措置が終了した後は再び赤字に転落し、さらにコロナ後の受診行動の変化によって外来患者の回復も鈍く、病院のみならず診療所においても経営悪化が進んでいる。
 近年の物価高騰に加え、最低賃金の上昇も医療機関にとって大きな負担である。最低賃金は年4~6%のペースで上昇している一方、前述の診療報酬の改定状況では医療現場のコスト増に対応できず、特に地方や小規模医療機関ほど影響は深刻で、業界の人材流出にもつながるものである。
 令和6年度診療報酬改定では医療従事者の賃上げを目的に「ベースアップ評価料」が新設されたが、届出手続きや定期的な実績報告が煩雑なこともあり、医療現場の勤務環境改善を図るには不十分である。診療報酬の加算や補助金による一時的な対応には限界があり、診療報酬の期中改定といった、より機動的な対応が求められている。
 地域医療では産科・周産期医療の撤退、開業医の引退、後継者不在といった問題による閉院が進んでおり、医療機関を取り巻く環境は一層厳しさを増し、このままでは病院や診療所が事業継続を断念し、地域の医療提供体制が崩壊する恐れがある。
 医療は社会を支える基盤であるにもかかわらず、その収入は国の施策に大きく依存している。薬価引き下げによる財源確保も限界に達しており、今後は初診料・再診料など基本診療料の大幅引き上げを含む抜本的な見直しが不可欠である。
 令和8年度の診療報酬改定に向けた議論が始まっているが、医療現場の危機は既に進行中にあり、迅速な支援が今必要とされている。
 持続可能な医療提供体制の再構築に向けて早急かつ抜本的な対応が強く求められている。

編集
福岡市医師会:担当理事 江口 徹(情報企画・広報・地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)