医療情報室レポート No.273 特集:医療と政治

2025年5月30日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集:医療と政治

 国民の健康を守り、より良質な医療を実現するためには、政府が定める医療制度の設計や予算配分の段階から医療現場の実情を伝えていく必要がある。「医政なくして医療なし」という言葉が示すように医療と政治は切っても切れない関係にある。
 高齢化に伴い社会保障関係費が増大する中、長年に亘る医療費抑制政策が続けられており、近年は「社会保障関係費の伸びを高齢化による自然増の範囲内に抑える」方針が採られている。これにより公定価格である診療報酬は抑制され続け、昨今の物価高騰や賃金上昇も重なり、医療機関の経営は厳しさを増し、医療・介護の現場はかつてないほど逼迫した状況にある。経営困難によりある日突然地域から医療機関が無くなることがないよう現場の声をきちんと国に届けることが必須で、そのためには政治の力が不可欠である。
 今回は、近年の医療政策の方針、今までの国政選挙や医療界の現状、医療政策への意見反映について特集する。

●近年の医療政策の方針

 政権の中長期的な視点を示す「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」は、年末の予算編成や政策立案の指針として、官邸主導で毎年6月頃に閣議決定される。国の歳出の約3分の1を占める「社会保障関係費」は常に議論の中心となり、「骨太の方針2021」では「伸びを高齢化の範囲内に抑制する」方針が示された。「骨太の方針2024」では「経済・物価動向等に配慮」との文言が追加されたが、昨今の物価高騰や賃金上昇への対応には不十分なことから、日本医師会では「骨太の方針2025」に向け、「社会保障予算の目安対応を廃止」し、別次元の対応を講じるよう主張している。
 医療サービスの公定価格である「診療報酬」は2年に一度見直され、具体的な改定内容は厚生労働省の諮問機関「中医協(中央社会保険医療協議会)」で議論される。予算配分を示す改定率や方向性には財務省厚労省首相官邸の意向が強く反映されるため、医療の質の担保財政健全化のバランスをめぐる政治的調整の場としての性格が年々強まっている。

項目 内容
骨太の方針
(経済財政運営と改革の基本方針)

年末の予算編成に向けて、政権の重要課題政策の基本的方向性を示すもので毎年6月頃に閣議決定

 ○「骨太の方針2025」に向けた各団体の主張

  • 財務省財政制度等審議会
    社会保障関係費の伸びを「高齢化の範囲内に抑制」の方針継続
  • 日本医師会
    「高齢化の範囲内に抑制」の対応廃止、診療報酬に賃金物価情勢に応じた新たな仕組みの導入など
診療報酬改定 改定率は厚労省財務省の大臣折衝で決定
令和8年度改定に向け、令和7年12月頃に改定率が決定予定

●今までの参議院選挙

 業界団体や労働組合などの各組織では、それぞれの主張や要望を国政に反映させることを目的に、参議院選挙に「組織内候補」を擁立し、全国単位で行われる「比例代表選挙」での当選を目指すことが主流となっている。
 都道府県単位で実施の「選挙区選挙」と異なり、「比例代表選挙」政党名または候補者名のいずれかに投票し、個人名での得票数が多い順に当選者が決まる仕組みで、議員の任期は6年、3年ごとに半数が改選される。
 日本医師会の理念や政策を実現するために必要な政治活動を担う「日本医師連盟」でも、今までの参議院選挙に推薦候補者を擁立してきた。得票数当選結果、自民党比例候補内での個人名の得票数順位は次のとおり。

●医療界の現状

 多くの病院や診療所では近年の物価上昇や人件費高騰に対し、「診療報酬」だけで対応することができず、慢性的な経営難に陥っている。
 実際に診療体制の縮小医療機関の閉院が生じている地域もあり、もはや経営上の問題に留まらず、国民の生命と健康を支える医療提供体制の維持継続に関わる深刻な問題である。

1.病院の赤字割合
  令和6年度の医業経営の赤字割合69%(前年比4.2%増)、経常利益の赤字割合61.2%(前年比10.4%増

2.倒産や休廃業
  令和6年度の医療機関の倒産64件休廃業・解散722件で、ともに過去最多
(倒産→病院6件、診療所31件、歯科医院27件
 休廃業・解散→病院17件、診療所587件、歯科医院118件)

3.賃上げ状況
  令和6年度の平均賃金改定率は産業全体の4.1%に対し、医療・福祉では2.5%に留まる

●医療現場の声を届けるために

 令和7年7月には「第27回参議院議員通常選挙」が予定されている。
 日本医師連盟は「組織内候補」として日本医師会 釜萢 敏 副会長(かまやち さとし)の推薦を決定し、福岡県医師連盟ならびに福岡市医師連盟でも同様に推薦が決定している。
 釜萢副会長は6期11年にわたり日本医師会の役員として地域医療が抱える課題に幅広く携わり、特に新型コロナウイルス感染症対応では政府のアドバイザリーボード構成員等を務めるなど、医療界の主張を代弁してきた。以下、釜萢副会長のプロフィール、各種SNS、4つの理念を紹介。

プロフィール
小児科医・日本医師会副会長 かまやち さとし 先生
医師/医学博士/日本小児科学会/日本小児科医会/日本小児神経学会会員
1953年7月5日 群馬県高崎市生まれ 巳年、かに座
1972年 東京教育大学附属駒場高校(教駒)現)筑波大学附属駒場高校 卒業
1978年 日本医科大学医学部卒業
1978年 日本医科大学付属第一病院 小児科 入局
1988年 小泉小児科医院 院長
2005年 高崎市医師会 会長
2011年 群馬県医師会 参与
2014年 日本医師会 常任理事(~2024年)
2020年 新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員(~2023年)
2020年 新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード構成員(~2024年)
2023年 新型インフルエンザ等対策推進会議委員(~2024年)
2024年 日本医師会 副会長(~現在)

 

各種SNSを是非ご覧ください

  優れた医療・介護をすべての人へ、次世代へ、4つの理念。
  「未来に」「国民に」「地域に」「行政に」 伝える。届ける。


日本の医療・介護体制を堅持し、感染症有事にも平時の医療を提供。予防接種や健康増進を推進し、地域医療・介護従事者を確保。高齢者支援や災害対策を強化し、地域に密着した医療を実現。現場の声を届け、地域保健やかかりつけ医機能の充実を図り、すべての人が健やかに過ごせる未来を築くために活動。

医療情報室の目

★医療現場の声を届けるには

 医療機関の運営は公定価格である診療報酬を主な原資として成り立っているが、その報酬が大幅に引き上げられることなく、近年の物価や人件費の高騰が医療現場に重くのしかかり、多くの病院や診療所の経営は逼迫し、もはや限界に達しつつある。団塊の世代が後期高齢者となる「2025年問題」の年を迎え、今後さらに「2040年問題」として超高齢社会が進むわが国において、社会基盤の一つである「医療」を安定的に維持・運営していくためには医療現場の厳しい現実をダイレクトに国に訴えかけていく必要がある。
 日本医師会は、本年6月に策定予定の「骨太の方針2025」に向けて、①消費税増収分を社会保障に活用、②社会保障関係費の伸びを「高齢化の範囲内に抑制」の目安対応の見直し、③診療報酬等に賃金・物価の上昇に応じた新たな仕組みの導入、④小児医療・周産期医療体制の強力な方策の検討―の4項目を示してきた。過去の診療報酬改定では「ベースアップ評価料」を始め、複雑な要件により医療機関に煩雑な事務的・人的負担が課せられており、来年の「令和8年度診療報酬改定」では負担を伴わない、医療現場に即した「純粋な引き上げ改定」も求めている。
 政策決定の場では医療費削減ありきを出発点とする主張が依然としてある。医療現場の実情を顧みず、財政的観点に基づいた提案を安易に進める姿勢は改めるべきである。賃金上昇と物価高騰、日進月歩する医療の技術革新に対応するための仕組みを整備し、医療従事者に適正な報酬を届けなければ、人材確保の観点からも医療提供体制の維持は困難を極める。
 本年7月は医療界の結束と意思を示す重要な局面を迎える。今まさに医師会をはじめとするすべての医療関係者が今後の医療を左右する分岐点に立っていることへの理解を深め、国民の生命と健康を支える持続可能な医療の未来を築くために私たち一人ひとりの連帯が求められている。

編集
福岡市医師会:担当理事 江口 徹(情報企画・広報・地域医療担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。

(事務局担当 情報企画課 上杉)