医療情報室レポート
No.209

2016年4月1日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特集:ストレスチェック制度と産業医の役割

  近年、仕事や職場環境によるストレスが原因で、メンタルヘルスに問題を抱える労働者の増加が社会問題となっており、精神障害等に係る労災認定件数も、ここ10年間で約3〜4倍に増えている。こうした状況を改善するため、平成26年6月に労働安全衛生法が改正され、新たなメンタルヘルス対策の取組みとなる「ストレスチェック制度」が昨年12月から開始された。この制度は、従業員50人以上を有する全ての事業者に労働者へのストレスチェック検査等の実施を義務付けるものであるが、事業者は労働者個人の検査結果を知ることができないことなどから、検査の実施にあたっては、医師や保健師等が担う「実施者」の役割が非常に重要とされている。 この制度の施行により、事業者や実施者には多大な負担が生じるとみられており、特に出務時間に制約がある嘱託産業医にあっては、事業者とのより綿密な連携や相応の工夫が求められる。 
 今回の医療情報室レポートでは、ストレスチェック制度の全体像を概観し、制度運用において事業者が留意すべきポイント、実施者(産業医等)の役割や課題などについてまとめてみた。

●ストレスチェック制度の流れと事業者が留意すべきポイント

 ○定期健康診断とは切り離した運用を

 
ストレスチェック制度は、年1回の実施が事業者に義務付けられており、第1回目のストレスチェックは平成28年11月末までに実施されなければならない。まず、この制度は、労働者本人にストレスへの気付きを促しメンタルヘルスの不調を未然に防止する「一次予防」に位置付けられるものであり、早期発見・早期治療(二次予防)を目的とする定期健康診断とは異なる点に留意する必要がある。特に大きく異なる点は、ストレスチェックの実施自体は事業者の義務であるものの労働者はこれを拒否することが可能で、またストレスチェックの検査結果についても、労働者本人の同意がない限り事業者は知ることができないという点である。事業者はこれらの事情を踏まえ、定期健康診断とは切り離した運用や取り扱いを定めるよう注意しなければならない。
 
 
○労働者への制度周知と情報提供の徹底が必須

 
上記の点は、メンタルヘルスという機微な個人情報が人事などで不当に取り扱われないようにするための措置であるが、これらの措置が労働者に理解されていない場合、正しい調査回答が得られない可能性がある。ストレスチェック検査は非常にデリケートな設問を含んでいるにも拘わらず労働者の自記式であるため、回答者が上司の評価や人事への影響をおそれ、正直な回答を記入しないことも十分考えられる。従って、検査の実施前に、制度の仕組みやポイントを社内で十分に周知徹底しておくことが必須といえる。

○調査票は「職業性ストレス簡易調査票」を利用

 
ストレスチェック検査に使用する調査票は任意で、ITによる運用も可能となっているが、調査項目に「仕事上のストレス要因」、「心身の自覚症状」、「周囲のサポート状況」に関する内容を含んでいることが必須となっており、独自の開発には多大なコストと時間が掛かることも予想される。そのため、厚生労働省は、57項目からなる「職業性ストレス簡易調査票」を使用することを推奨している。

○ストレスチェック制度の「実施者」等の選任

 
事業者は、ストレスチェック制度を担う「担当者」、「実施者」、「実施事務従事者」を選任しなければならない。それぞれの役割は後述するが、特にストレスチェック検査の実施に直接携わる「実施者」については、国家資格により守秘義務が課せられている医師、保健師、一定の研修歴や実務経験を持つ看護師や精神保健福祉士が担うものと規定されている。また、高ストレスと判定された労働者に対する「面接指導」については、当該労働者の就業措置の助言等を行う必要があることから、医師しか実施できないことになっている。
おそらく多くの事業者では、これらの業務を「産業医」に委託するものと思われるが、EAP(従業員支援プログラム)等を提供する外部機関への業務委託も可能とされており、産業医が共同実施者として関わるケースも想定されている。
 

●ストレスチェック制度において各々が担うべき役割

 ストレスチェック制度では、個人情報の取り扱いに十分注意しながら、適正かつ円滑に実施するため、「ストレスチェック制度担当者」、「実施者」、「実施事務従事者」を選任することが規定されている。特に「実施者」となり得る産業医には、高ストレスと判定された労働者を適切に面接指導に導き、必要な就業上の措置を講じるとともに、ストレスチェックの結果等から事業場の集団的分析を行い、職場環境を改善していくという重要な役割が期待されている。ただし、嘱託産業医は、時間的にもストレスチェック制度に係るすべての業務を行うことはほぼ不可能であるため、実施事務従事者と連携するなど、業務を効率的に遂行する必要があるだろう。


●ストレスチェック制度の成り立ちと今後の課題

  ストレスチェック制度は、当初、うつ病の早期発見を目的とする二次予防として議論が開始されたが、最終的には、労働者自身に「ストレスの気付き」を促す一次予防という位置付けになり、実効性のある制度としては、いくかの問題点や課題が指摘されている。今回は、厚生労働省「ストレスチェック項目等に関する専門検討会」委員を務められ、ストレスチェック制度の立案にも携わられた産業医科大学名誉教授・北九州古賀病院院長の中村純医師より、ストレスチェック制度についてコメントを寄せて頂いた。

                      

医療情報室の目

★ストレスチェック制度には産業医が積極的に関わるべきである。
 
ストレスチェック制度の対象となる全国の事業場の労働者数は2000万人を超えると推定されており、EAP(従業員支援プログラム)を提供する業者などはこれをビジネスチャンスと捉え、各事業者への積極的な売り込みを行っているようである。しかし、これらの業者はストレスチェック検査の部分だけを請け負うというところも多く、提供するサービスや料金もまちまちであるため、外部委託を検討する際は、それが信頼に足る業者であるのか、また、提供するサービスの内容や料金は適正なのかといったことなどを十分見極める必要があると思われる。
 
なお、今回の制度は、ストレスチェック検査の実施をはじめ、高ストレスと判定された者に如何に適切な面接指導や就業上の措置を行い職場環境の改善に繋げるかという点が重要視されており、これらの観点からも、事業場の状況を日頃から把握し、信頼関係を構築している産業医の関わりが望まれている。もちろん、特に時間に制約のある嘱託産業医がストレスチェックに関わるすべての作業を行うことはできず、過度な負担は避けられるべきであり、この点については、事業者との調整を図り、事務担当者や産業保健スタッフ等との連携が欠かせない。
 
いずれにしても、ストレスチェック制度はまだ始まったばかりで、その効果は未知数であるが、社会環境の変化とともに産業医の役割も変わることを認識し、制度の醸成を支えていく必要があるだろう。


編 集  福岡市医師会:担当理事 今任 信彦(情報企画担当)・松尾 圭三(広報担当)・西 秀博(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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