医療情報室レポート
No.192

2014年4月25日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特集:メンタルクリニックに期待されるこれからの役割

 いま、我が国における精神科医療の提供体制のあり方に大きな変化が求められている。
近年、精神疾患の受療患者数はうつ病や認知症などの増加に伴い全国的に増え続けており、その数は320万人を超えている。国はこのような現状を踏まえ、昨年4月の医療計画制度の見直しにおいて、対策を講ずべき重要疾病のひとつに「精神疾患」を加え、新たに5疾病5事業を柱とする都道府県医療計画をスタートさせた。今回の医療計画制度の見直しで、入院患者の早期退院や在宅への移行などを踏まえた地域での支援体制・連携の強化が示されているが、今月施行された改正精神保健福祉法においても精神病床の縮小を図るための内容が盛り込まれており、今後、精神科医療提供体制の機能分化や連携の促進に向けた施策が加速するものと思われる。
 また、入院施設を持たないメンタルクリニックなどの精神科診療所については、うつ病などの気分障害や認知症といった精神疾患の多様化、さらには患者の増加を背景に、近年、他科と比較にならない割合で新規の開業が相次いでいるが、夜間・休日の対応や地域との連携などに課題を残しており、今後、地域医療により密接に関わっていくことなどが期待されている。
 今回の医療情報室レポートでは、精神科医療における現状や課題を踏まえながら、今後のあるべき姿について考えてみたい。

●近年の精神疾患の増加を背景とする国の施策

○医療計画制度の見直し −“4疾病5事業”から“5疾病5事業”へ−
  「4疾病5事業」とは、2007年の第5次医療法改正において、都道府県が講じる医療計画上、特に重要度が高い疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)と優先事業(救急医療、災害時における医療、へき地の医療、周産期医療、小児医療(小児救急医療を含む))を定めたものである。その頃、精神疾患の受療患者数は既に320万人を超えており、患者数だけをみれば、前述の4疾病すべての数をはるかに上回っている状況だった。(図1)
  国はこのような実態を踏まえ、昨年4月の医療計画の見直しにおいて、前述の4疾病にならぶ重要疾病に「精神疾患」を位置付け、新たに「5疾病5事業」を柱とする都道府県医療計画が進められることとなった。
  なお、医療計画の基本方針は「機能分化・連携」そして「地域での切れ目のない医療の提供」である。精神科医療の目指すべき方向性も、この基本方針に沿った具体的な方向性が国により示されている。(表1)

○精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)の改正
  本年4月1日、「精神保健福祉法」の一部改正法が施行され、保護者制度の廃止や医療保護入院の見直しとともに、精神障害者の地域への移行を促進するための「精神障害者の医療の提供を確保するための指針」が新たに定められた。同指針では、精神科病院への1年以上の長期入院者が約20万人存在している現状などを踏まえ、精神病床の機能分化とともに外来医療や訪問支援の充実などを図り、今後、重度・慢性以外の患者を1年以内に退院させ、入院外治療に移行させる仕組みを作ることなどを示している。
 単位(万人)    5大疾患患者数の年次推移(図1)   精神疾患に関する医療計画 目指すべき方向(表1)
     精神疾患患者やその家族等に対して、

@住み慣れた身近な地域で基本的な医療やサービス支援を受けられる体制

A精神疾患の患者像に応じた医療機関の機能分担と連携により、他のサービスと協働することで、 適切に保健・医療・介護・福祉・生活支援・就労支援等 の総合的な支援を受けられる体制

B症状がわかりにくく、変化しやすいため、医療やサービス支援が届きにくいという特性を踏まえ、アクセスしやすく、必要な医療を受けられる体制

C手厚い人員体制や退院支援・地域連携の強化など、必要な時に、入院医療を受けられる体制

D医療機関等が、提供できるサービスの内容や実績等についての情報を、積極的に公開することで、各種サービス間での円滑な機能連携を図るととも  に、サービスを利用しやすい環境  

 を、提供することを目指す
             厚生労働省「患者調査」を基に作成                    
                                       

●精神科医療における現状と課題

○病床数が多く、平均在院数が長い我が国の精神医療
  我が国の精神病床の平均在院日数は、291日(2012年度)とOECD諸外国の中でも飛び抜けて高く、また、千人あたり精神病床数についてもトップとなっている。
  歴史的に見れば、諸外国では精神科病院への患者の長期収容が病状の回復を妨げているとの認識が広まり、1960年代頃から精神科病院を縮小し、地域中心の医療へと施策の転換を図ってきたが、わが国は地域サービスの拡充よりも安価な病床の拡大を優先し、精神障害者の保護と収容を強化する施策をとり続けてきた。その結果、我が国の精神病床は8万床(1964年)から34万床にまで膨れ上がり、社会的入院の増加、精神障害者の地域からの疎外などといった負の遺産を抱えることとなった。国は、2004年に精神保健福祉改革ビジョンを策定し、ようやく地域への転換に向けた施策を本格的に打ち出した。しかし、多くの長期入院患者は既に高齢化しており、これらの患者の受け皿となる施設や地域サービスの整備は進んでいない。さらに、欧州諸国の精神科病院の大部分が公立であるのに対し、9割以上の病院が私的経営という我が国の医療事情も足かせとなっている。34万もの病床の転換縮小に向けて、国はこれまでの公的責任を明確にしたうえで、さらなる地域の社会資源の増加や既存施設に対する助成などを考慮する必要があるのではないだろうか。



○精神科救急医療体制をめぐる特徴と問題点
  精神科救急に関しては、ほぼ全ての都道府県において24時間365日対応できる精神医療相談窓口及び精神科救急情報センターが運用されている。
  ただ、これらの精神科救急情報システムは、措置入院や医療保護入院といったいわゆる“ハード救急”を対象として機能しているのが現状で、外来対応で済むことが多い“ソフト救急”に関しては、受け入れ先が確保できず自宅に帰されるケースなどが問題となっているが、東京都などいくつかの地域では、精神科診療所の輪番制システムを作り、ソフト救急に柔軟に対応できている地域もある。いわゆるビル診療所などは夜間対応の難しさはあるかもしれないが、ソフト救急への対応には、精神科診療所が重要な役割を担っているため、組織化の検討など責任ある連携体制の確立に向けた動きも必要ではないだろうか。なお、福岡市では、現在、精神科専門医会の立ち上げに向けて準備がすすめられているところである。

 救急搬送の現状
・時間外・休日は身体合併症のない精神疾患患者の受入れ先が急減し  不搬送や自宅搬送が増加
・疾患別では、精神科の搬送率が他科の10分の1程度と著しく低い
                     ↓                          
 救急病院側の精神科医療機関への要望
・ソフト救急への相応の負担を
・身体合併症がないと判断された患者の円滑な受入れ
・時間外・休日に当番施設の精神科医に相談できる体制
・受入れ当日、短期入院後の転送・転院協力と外来支援
                     ↓
 精神科医療機関側の受け入れられない理由
・身体合併症への不安
・興奮や混乱がひどい時は外来対応が難しい
・完全予約制なので、急患を見る時間がない

○精神科診療所の乱立と地域での連携・協力に向けた課題
  近年、一般診療所の数はほぼ横ばい状態にあるが、精神科を標榜する診療所(メンタルクリニックなど)の数は急増している。診療所の増減割合を科目別にみると平成8年時点で3,198施設であった精神科診療所は、平成23年には5,739施設にまで増えており、15年間で79%増加している。(図2)
  メンタルクリニックは、基本的には高額な医療機器の投資などが不要であるため、比較的安価に開業できるといわれており、特に若い医師の経済的事情なども、近年の精神科診療所の増加に繋がっているのではないかと考えられる。ただ一方で、精神科医としての十分なカリキュラムを受けないまま安易に開業し、自院での外来診療のみに終始し、他科との連携を敬遠したり、時間外の診療や関係機関からの協力要請に応じないケースが見受けられるとの声もある。
  2025年に向けて準備が進められつつある「地域包括ケアシステム」では、医師が中心となって、地域の多職種の連携を図り 患者をサポートする体制が不可欠とされており、今後の地域医療の変化に向けた意識改革などが求められる。

平成8年を基準とした診療科別(重複計上)診療所数の増減率の年次推移(図2)

                      厚生労働省「医療施設調査」を基に作成                                                    

●精神科医療における連携強化に向けて

  福岡市医師会では、平成22年10月より福岡市や九州大学病院と協働し、認知症の早期発見・早期治療のための「福岡市認知症疾患医療連携体制」を構築しており、現在、152名もの会員が認知症相談医としてこのシステムに参画している。また、他の自治体でも、うつ病や認知症の早期発見・早期治療に向けた連携システムの構築が広がりつつあり、このような流れの中で、精神科医には、かかりつけ医からの要請に対する柔軟な対応は勿論、医師会や行政の連携事業への積極的な関わりも、これから必要になってくるのではないだろうか。

医療情報室の目

地域完結型の精神科医療を目指して
  世界的にも精神科医療は病院中心の医療から始まったが、1970年頃から薬物療法を始めとした治療法などの進歩により治療の中心は病院から地域へと移っていった。米国では、ケネディ政権下で精神科医療の開放化が進められ、英国では、サッチャー政権下の過度の医療費抑制策により、精神科病床数を減ずるために地域の社会資源の充実が図られた。またイタリアでは、バザリアらが中心となりトリエステの病院の入院病床を廃止するなど、欧米では過度と思えるほどに精神医療の中心が地域へと移っている。翻って、日本の精神科医療は民間精神病院を中心とした供給体制であり、その後進性は世界からも批判されていた。国内でも当時の日本医師会の武見太郎会長からは、「精神医療は牧畜業だ」と郷撤された時代もある。実際、1950年代は満足な精神科の訓練も受けずに他科から精神科に転向し精神病院の経営に関わった医師も多く、そのような病院では患者の過剰収容、過剰投薬が行われていたと言われている。その閉鎖性に対して、1968年にWHOから開放的処遇を行うように指導(WHOクラーク勧告)を受けたが我が国の精神医療の改革は進まなかった。しかし、1984年に看護職員の暴行で患者2名が死亡するという宇都宮病院事件が発生した以降、精神科医療が世間の耳目を集めるようになり、また、国際的には1985年にICJ(国際司法裁判所)が、日本の精神科医療に開放的な処遇を行うように勧告した。このような流れを受けて、精神衛生法は精神保健福祉法へと改正され、精神医療は開放化へと向かうようになった。一方、精神科診療所は、1970年代後半から急速にその施設数が増えて来ており、精神障害者を地域で支えるため、プライマリーケアとして密度の高い手作りの治療を目指すことなどを理念としながら精神科医療の敷居を下げることに役立っている。社会情勢の変化により人々は様々な悩みを抱えるようになり、児童思春期を中心とするもの、認知症を中心とするもの、精神科デイケアにより再入院を防ごうとするもの、リワークによって社会復帰を促進しようとするもの、さらにはACT(包括的地域生活支援プログラム)によって精神障害者の地域での生活を支えていこうとするものなど様々であり、精神科診療所の診療形態も多種多様化している。精神科診療所が、精神障害者の患者の生活を支えていくには地域医師会との連携をより強固にし、他科の医療機関、精神科病院との関係を図ることで初めて地域での生活を支援できるものと考えられ、自院完結型ではなく、地域完結型の医療を目指していくことが今後必要になってくるだろう。さらに言えば精神科救急については、制度上もいわゆるハード救急を除いては確立しておらず、今後どのように整備していくか大きな問題が残されており、早急な解決が求められている。国の方針として、4疾病5事業に精神疾患が加えられ5疾病5事業となったことで、精神科病院だけではなく、より精神障害者に寄り添った医療が行える精神科診療所への期待は大きくなるものと思われ、今後、医師会との協力などにより地域のかかりつけ医と精神科医が一体となった医療連携体制の構築が強く望まれる。

編 集 福岡市医師会:担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)
※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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