医療情報室レポート
 

bP70  
 

2012年6月29日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : TPPを考える

 昨年11月にハワイで行われたAPEC(アジア太平洋経済協力)において、政府はTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加に向けて関係国と協議に入る方針を固めた。その後、各国との事前協議が本格化するにつれ、国内でもTPPの是非を巡る議論が熱を帯びてきたものの、与党内の足並みが揃わないこと等を背景に、過日メキシコで開催された20ヵ国・地域(G20)首脳会談での参加表明も見送られた。
 このような中、今年3月に日本医師会がTPP交渉参加への全面的反対を突然のように発表した。日医はそれまでも公的医療保険制度のTPP枠組みからの除外等について、部分的な求めを行ってきたが、これに明確な回答を示さない政府の姿勢に危機感を募らせたといえる。
 はたして、日本がTPPに参加した場合、医療に対してどのような具体的影響が考えられるのか。前回の特集(医療情報室レポートNo.161)ではTPPの概要や各産業界への影響等についてまとめたが、今号ではその後の状況や国民皆保険制度への影響等について考察してみた。


TPPの行方
 ○9ヵ国間交渉の動き
※日中韓FTA

 TPPの調整が行われる一方、本年5月、中国・北京で開かれた日中韓サミットにおいて、3ヵ国首脳は日中韓自由貿易協定(FTA)交渉の年内開始を合意した。日本の狙いはアジアの経済大国である中韓、特に中国での市場拡大にあるが、TPPの事前協議の最中であるアメリカへの牽制との見方もある。
   
 TPPは、医療情報室レポートNo.161にて紹介したとおり、2006年にシンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの4ヵ国間で発効された協定(通称:P4)に、アメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシアの5ヵ国が、現在加盟に向けた拡大交渉を行っているものである。この9ヵ国間の交渉は、昨年11月に大枠の合意が得られたことを受け、2012年内の最終妥結が目標とされているが、現時点では各国の動きは緩く、年内での妥結は流動的な状況とみられている。
 なお、過日メキシコで開かれたG20において、新たにカナダ、メキシコの2ヵ国のTPP交渉参加が認められた。
 ○日本国内の動き
 一方、日本国内については、TPP交渉参加に対する与党内の反対が根強く、意見調整が遅れている。政府は今年9月のAPECでの参加表明に向け調整を続けているが、各国との事前協議について6ヵ国からの了承は取り付けているものの、残るアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの3ヵ国とは今なお協議中である。特にアメリカは日本に対し、「自動車」、「保険」、「牛肉」の3分野について一層の市場開放を要求するなど、両者の協議は難航している。

TPP交渉のこれまでの経緯

医療分野への影響は?
 日本医師会を始めとする医療関係団体には、TPPへの参加により日本の医療に市場原理主義が持ち込まれ、最終的には国民皆保険制度の崩壊に繋がりかねないと危惧する声が大きい。一方で、ドラッグラグやデバイスラグの解消に繋がるなどとの見方や、TPPにより国民皆保険制度は崩壊しないとする主張なども見受けられる。

※TPPにより国民皆保険制度は崩壊するのか
 多くの医療関係団体は、TPPを通じて株式会社による医療機関の運営や中医協での薬価決定プロセスへの干渉が起こり、公的医療保険制度に揺らぎが出ることを危惧している。これに対し、医療経済研究者である二木立氏は、医療の市場化・営利化は現在より進むかもしれないが、国民皆保険制度崩壊が生じる可能性は極めて低いとしている。二木氏は医療分野に対する米国からの3段階の要求を予測しており、(第1段階)現行の医薬品・医療機器の価格規制の撤廃・緩和、(第2段階)特区における株式会社の病院経営と混合診療の原則解禁、(第3段階)全国レベルでの株式会社の病院経営と混合診療の原則解禁、つまり医療への全面的な市場原理導入としている。第1段階は実現する可能性が高く、第2段階も長期的には否定できない。しかし第3段階に関しては医療法や健康保険法の同時・抜本改正が必要であることや2011年10月の最高裁で混合診療の原則禁止が認められたこと、更には混合診療や株式会社の医療機関経営の解禁は長期的には不必要な総医療費・公的医療費増加に繋がり、医療費抑制という政府の基本方針と矛盾することなどから、実現する可能性は極めて低いとしている。したがって、日本がTPPに参加してすぐ国民皆保険制度が崩壊することはないが、上述した米国の要求が実現した場合には、医療の営利産業化が進み、「いつでも、どこでも、誰でも」よい医療を受けられるという国民皆保険制度の理念が空洞化する危険性は大きい。
<出所:二木立著「TPPと医療の産業化」(勁草書房.2012年)>

※「米韓FTA」に見る医療への影響
Column「ラチェット規定」と「ISDS条項」
ラチェット規定
 ラチェットとは一定方向にだけ向かう「歯車」のことを指す。ラチェット規定とは一度自由化に向けて規制を緩めた後、何らかの事情で不都合(不利益)が生じた場合に、規制を強化することが許されない規定のこと。今年4月にアメリカで4度目となるBSE感染牛が確認された際、韓国では輸入の禁止を検討していたが、最終的に検疫を強化することで対応するとした。この事もラチェット規定により輸入制限がかけれらなかったことに寄与しているとも言われているが、二国間の国際交渉力の差の結果ということではないであろうか。すべからく、国家間の係争は交渉力によって決まるため、TPPへの参入如何にかかわらず、交渉力が弱い国が不利な条約を結ぶという結果になるにすぎないとも思われる。

ISDS条項
 投資受入れ国が自国の利益のために国外企業に対してのみ不利となるような政策を制定し、それにより投資家が不利益を被った場合に、相手国政府を相手に訴訟を起こすための手続きを定めた条項のこと。審査は第三者機関である世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」が行う。公的医療保険、公的薬価制度が外国企業の参入を拒み、自由競争を妨げるとして訴えられる若しくは訴訟を盾に規制緩和を要求してくることなどが懸念されている。
 ISDS条項は、FTAを始めとする多くの協定に含まれており、実際に提訴が行われている。NAFTA(北米自由貿易協定)では米国、カナダ、メキシコ各国とも15件の投資仲裁が行われているが、カナダ(2件)、メキシコ(5件)では投資家勝訴の裁定も下されているものの、米国では投資家勝訴の裁定は1件もない。どのような国際条約も相互条約であるが、こと自由貿易協定については、米国の意見が通っている率が極めて高いといえ、したがってTPPでも同様の結果になる可能性が高いと見られる。
 韓国政府は2011年11月に米国とのFTA(自由貿易協定)を締結し、今年3月15日に発効した。当初より、医療については米韓FTAの例外になると主張していたが、現実には韓国における医薬品、医療機器の償還価格にまで踏み込んだ内容になっている。例えば医薬品の価格設定や保険適用可否に製薬会社が不服だった場合について、米国の製薬会社の要請に基づきレビューする独立機関の設置条項が盛り込まれている。このため、韓国政府の価格設定や保険適用の決定過程における従来の権限が弱くなることが予想されている。そのほか貿易自由化の程度を後退させることを認めない「ラチェット規定※」や相手国への投資などで不利益を被った場合に世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」に訴えることが出来る「ISDS条項※」も盛り込まれているため、韓国側としては、医療市場の開放を強力に推し進めようとする米国の医薬品・医療機器・民間保険会社等からの訴えを懸念している。(「ラチェット規定」ならびに「ISDS条項」についてはコラム参照)

国論を二分している諸問題
 現在、政治、行政ともに収拾がつきそうにない混乱を呈していますが、多くの対立軸を政治家が調整することが出来なくなっているのが原因ではないでしょうか。
 以下に、TPPを始めとする国民の中で意見の対立が起きている問題を列記してみましたが、皆様は各項目について賛成でしょうか、それとも反対でしょうか。


<医療情報室の目>
 TPPが医療に及ぼすであろう影響については様々な想定がなされているが、いずれの項目も、米国による要求が前提となっている。実際、現在のTPP交渉参加国に日本を加えた10ヵ国間をGDP(国内総生産)割合で比較した場合、日本と米国の2ヵ国でほぼ9割を占めており、TPPは実質的な日米FTAとの見方もある。医療に関しては、これまで米国から様々な市場開放要求があったこと等を踏まえれば、今後、TPPを通じて更なる主張を迫られるかもしれないという日医の危機感は当然だろう。
 一方で、大局的視点からみれば、今月メキシコで開催されたG20において、メキシコ、カナダの2ヵ国が新たにTPPへの交渉参加を表明したように、いま、多くの国々がTPPやFTAを通じて経済圏の拡大による成長を目指しているといえる。
 TPPについては、各業界の事情によりその思惑が大きく異なるが、長期的なビジョンに目を向けてその是非を問う必要があるのではないか。
 翻って、問われるべきは現政府の実行力、求心力である。冒頭でも述べたとおり、TPPの交渉参加については、当初予定されていたG20でも見送られた。消費税増税や社会保障と税一体改革の論議をめぐり政権基盤が著しく不安定となっている現政府が、国論を二分する“TPP”を本当にまとめ上げることができるのだろうか。これはTPPだけに限ったことではない。全ての政策において、政治的な動機だけではなく、長期的な視点に立って、真に国民のためとなる政策の議論を進めてもらいたいものである。
 本号をもちまして医療情報室レポートの担当を終えることになりました。6年3ヵ月間のご高覧に感謝申し上げますと共に、今後とも医療情報室レポートをよろしくお願いいたします。(原 祐一)
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原村耕治(広報担当)・竹中賢治(地域医療、地域ケア担当)


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