医療情報室レポート
 

bP58  
 

2011年7月1日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : 医療の財源を考える

 民主党は、自公政権が推し進めてきた社会保障費の抑制策により医療崩壊が進みつつある現状を受け、2009年の政策集において、国民皆保険制度の維持発展や医療提供体制の整備等、様々な医療政策を掲げた。その政策の中で、総医療費対GDP比をOECD加盟諸国平均まで引き上げることを公約したが、その財源確保に向けた具体的な方向性は見えていない。
 医療費は大きく分けて「保険料」、「公費(税)」、「患者窓口負担」から成り立っているが、どのような財源確保の方法が望ましいのか?今回は医療の財源についてまとめてみた。


いわゆる“医療費”について
 “医療費”には「国民医療費」や「概算医療費」、「総医療費」と呼ばれるものがある。「国民医療費」は1年間に医療機関に支払われた費用の総額である。「概算医療費」は、労災保険や自費診療等の費用は含まれず、医療費全体の動向を迅速に把握するための先行指標として扱われている。また、OECD加盟諸国の比較で用いられる「総医療費」は、国民医療費に介護費用の一部(介護保険適用分)や民間医療保険からの給付、妊娠・分娩費用、予防に係る費用等が加えられたもので、国ごとのデータの違いを一定程度補正した数字が用いられている。

『国民医療費』の現況
 日本では医療保険として「職域保険」若しくは「地域保険」への加入が義務づけられており、医療はその保険料を財源としていることから『社会保険方式』と呼ばれている。しかしながら、すべてを保険料で賄っているわけではなく、保険制度間の財政力格差の是正、低所得者等への扶助などの観点から税財源も投入されている。さらに、近年においては政治的調整の結果、保険料が抑えられ、公費(税)の割合が徐々に増加している。現在の日本の医療の現状は以下の通りである。
国民医療費内訳(平成20年度)

国民医療費と対国民所得比の年次推移
(厚生労働省 平成20年度       
           国民医療費の概況 より)

財源別負担割合
 昨年11月に厚労省から公表された「平成20年度国民医療費」は、総額34兆8084億円で過去最高を更新した。また、国民1人当たり医療費は27万2600円となっており、前年度(26万7200円)より2%増え、これも過去最高となった。財源別内訳をみると、保険料の占める割合が48.8%、国と地方が税金から支出する公費の割合が37.1%となり、公費が前年度(12兆5744億円)より0.3%増えている。なお、患者窓口負担が占める割合は14.1%で、前年度から1145億円増えている。
国民医療費の年次推移と対国民所得比
 医療費は、国民皆保険制度の施行以来、高度経済成長の発展と比例し右肩上がりに増え続けてきた。平成20年度の自然増分の内訳をみると、高齢化による部分が約1.3%増、医療の高度化による部分が約1.5%増となっている。
 対国民所得比については、平成3年頃までは、経済成長の影響もあり緩やかな上昇率であったが、バブル崩壊以降の経済基調の変化に伴い、国民所得に対する医療費の比率は急激に増加を続けており、平成4年度の6.4%に比較し、平成20年度は9.9%と16年間で3.5ポイントも上昇している。
年齢別国民医療費
 平成20年度の国民1人当たり医療費は27万2600円だが、65歳を境にみると、65歳未満は15万8900円、65歳以上は67万3400円と現役世代の約4倍にのぼる。
 平成15年度との比較では、それぞれ7300円、17200円上昇しており、その上昇率は65歳未満4.8%に対し65歳以上2.6%と若年層の伸び率の方が高いことが伺えたが、医療費が増加する原因としては、高齢者の増加が最も大きな要因になっている。したがって、高齢者数の増加が避けられない現状の中で、医療費増加も同様に避けられないものであることを多くの国民が認識する必要があろう。

財源確保に向けて
 民主党は当初、歳出の無駄削減による医療費財源(社会保障費)の捻出を企図していたが、十分な財源を確保するまでには至らず、新たな財源確保を余儀なくされている。その手段については様々な選択肢が議論されているものの、現時点で具体的な方向性は見えていない。『患者窓口負担』割合の引き上げは一見合理的に見えるが、受診抑制により重症化する患者が増え、結果的に治療費の増大に繋がり、長期的に見ると財政を圧迫する可能性がある。公費拡大については、その主たる財源として『消費税』の増税が議論にあげられているが、消費税は水平的公平税であり、社会保障が所得再分配であるとの観点からするとそぐわず、また、景気に左右されやすく安定性に欠けるとの指摘もある。また、公費の増には常に財務省の反対が付きまとい、監視の対象となるという副作用も強い。『保険料』の引き上げについては、保険者によって格差がある保険料率を、例えば最も料率の高い協会けんぽに統一することで保険料の増収が見込め、景気にも左右されにくいとの利点があるものの、被保険者・企業への負担が大きくなり、勤労者所得の手取額も減少し、消費抑制など景気後退に繋がりかねないとの見方もある。
 いずれにしても健康長寿の世の中を実現するためにも充実した社会保障を確立する必要があり、今こそ国民負担を踏まえた対策を含め、早急に財源確保に向けた建設的な議論がされるべきである。
 なお、日本医師会は、公的医療保険を支える財源として、次のような保険料、消費税、国の歳出の同時一体改革を提言している。
  1. 保険料改革
     保険者間の財政調整財源とするため、保険料率等を見直し、保険料収入の増収を図る
      (1) 被用者保険の保険料率を、もっとも保険料率の高い協会けんぽの水準に引き上げる。
      (2) 国民健康保険の賦課限度額、被用者保険の標準報酬月額の上限を引き上げ、高額所得者に応分の負担を求める。一方、
        低所得者や高齢者の負担軽減に配慮する。
  2. 消費税などの改革
     公的医療保険の持続性を高めるために、消費税は安定的な税財源の重要な選択肢のひとつであると認識する。
  3. 国の歳出改革
     特別会計の見直し、独立行政法人の見直し、公務員制度改革の徹底など、歳出改革を継続していく必要がある。

受診時定額負担について
 政府は6月に開催した「社会保障改革に関する集中検討会議」において、医療・介護サービスなどのあるべき姿を描いた社会保障改革案をまとめた。その中で高度長期医療への対応(セーフティネット機能の強化)と給付の重点化として長期高額医療の高額療養費の見直し(長期高額医療への対応、所得区別の見直しによる負担軽減等)による負担軽減(?1300億円程度)を行うとしているが、その財源として検討されているのが“受診時定額負担”である。これは例えば治療費1000円の疾患の場合、患者負担が300円となるところを定額負担として100円追加することで、保険給付は600円になるというものである。政府案では1回につき100円程度を窓口負担とすることで1300億円の財源が確保できるとしているが、日本医師会は患者負担が増えると受診控えが起こり、症状の重症化が生じる恐れがあるとして反対する考えを示している。
連載Column「政治家になった医師」vol.2

        孫文 (1866〜1925没)


 孫文は共和制を創始した功績が称えられ「中国革命の父」と呼ばれています。
 中国広東省で生まれた孫文は、香港西医書院(現香港大学)を首席で卒業し、眼科医としてマカオの診療所に務めます。その後、孫医館を開設し、医業に邁進していましたが、次第に革命思想を抱くようになります。1894年にハワイにおいて「興中会」を組織、1905年には「中国同盟会」を結成し、三民主義(民族主義、民権主義、民生主義)を主唱しました。1911年に勃発した辛亥革命の際に臨時大統領に推され、翌1912年に中華民国を発足、その後、南北和議により政権を袁世凱(えんせいがい)に譲りますが、袁世凱による独裁が始まるとこれに反対する運動を起こします。後に中国国民党を結成し国民革命を推し進めましたが1925年、志半ばに「革命いまだならず」と遺嘱して北京で客死しました。

<医療情報室の目>
 冒頭でも触れたが、政府は総医療費対GDP比をOECD加盟諸国平均(9.0%)まで引き上げると公約した。しかし、昨年の新・成長戦略の閣議決定以降、かつての自民党政府末期に提唱された「市場原理主義」に立ち返るような議論が進められている。これは与野党の中に一定数の新自由主義者がいるためと考えられるが、やがて保険適用外の私的な医療費部分を拡大し、これをもってOECD平均並の総医療費対GDP比の達成とする論調が出てくる可能性も否定できない。しかし一方で、即効性のある、柔軟な政策を持たなければ国策として体を成さないこともまた事実であろう。
 高齢化が急速に進行する我が国において、年々拡大する医療費の財源確保や負担のあり方が喫緊の課題であることは間違いない。我が国の「患者負担」が先進諸国と比べて著しく高いといわれており、これ以上負担割合を引き上げることや政府が検討している“受診時定額負担”の導入は不合理な政策といわざるを得ないであろう。特に“受診時定額負担”は名を変えた保険免責制ともいえなくもなく、ひとたび導入されれば負担額が引き上げられていく恐れがある。また、現在「消費税」を引き上げて社会保障費に充当する案が議論されているが、これが施行されても年金の補填が優先され、医療保険への割り当ては少なくなる可能性が高い。これらのことを踏まえれば、国民に負担を強いることになるが「保険料」の引き上げで対応することが望ましいと考える。これまで保険料の引き上げが俎上に上がらなかった背景のひとつには、過去の政治家が選挙戦を勝ち抜くための公約として利用された経緯もある。医療費に占める保険料の割合については、社会保険である以上最低でも5割程度に引き上げる必要があるだろう(現在は48%)。また、国民健康保険では賦課限度額、被用者保険では標準報酬月額に上限が設けられているなど高所得者が優遇されている実状にあり、社会保障は互助の精神で築かれるという観点からも、限度額を撤廃し、所得や年収に比例した負担にすることが望ましい。
 世界に誇る我が国の国民皆保険制度を堅持しつつ社会保障の充実を図るため、政府には国民の理解を得られる財政確保に向けた政策を早急に打ち出してもらいたい。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原村耕治(広報担当)・竹中賢治(地域医療、地域ケア担当)


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