医療情報室レポート
 

bP48  
 

2010年8月27日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

印刷用

特 集 :保険診療と保険外診療の併用を考える
 
〜いわゆる「混合診療」その3〜
 

 保険診療と保険外診療の併用、いわゆる「混合診療」に関する議論が政権与党の民主党内で復活している。
 平成15年頃(2003年頃)、我が国では、市場への政府の介入を最小限にし、個人の自己責任と民間活力導入を謳い文句に「小さな政府」の政策が押し進められていた。医療の分野では、増え続ける医療費抑制が至上命題とされ、その文脈で、保険診療と先進医療等の保険外診療をミックスした「混合診療解禁」論議が浮上してきた。その是非については、経済財政諮問会議(当時)と厚生労働省との間で激しい論争が交わされたが、「混合診療の全面解禁」については、推進派であった当時の小泉首相自身が、最終的には実施不可能ということで見送った経緯がある。野党であった当時の民主党は、「混合診療全面解禁」に反対を表明していた。政権与党となった今、民主党は、日本経済の新たな活路を医療・介護・健康分野にも求め、その成長戦略の一つのツールとして「混合診療」に注目しているのである。
 「混合診療の全面解禁」については、既に医療情報室レポートNO.67及びNO.79で特集したが、今回は、現政権が、医療・介護・健康分野の成長戦略として描く「混合診療」をまとめた。

●これまでの「混合診療」論
小泉政権下(平成13年〜18年)において、「構造改革なくして景気回復なし」をスローガンに、小さな政府を目指す改革と、国と地方の三位一体の改革を含む「聖域なき構造改革」が実施される中、医療においても制度改革が行われ、政府の総合規制改革会議や経済財政諮問会議でいわゆる「混合診療」導入の是非が議論された。
財務省や日本経団連等の経済界は、国内未承認の医薬品の使用や手術が可能となることにより、患者の選択の幅が広がり、競争により医療技術・サービスの質の向上が期待されるとし賛成したが、厚生労働省や健保組合、日本医師会・日本看護協会等は医療の不平等をもたらし、皆保険制度の崩壊に繋がるとして反対した。衆参両院においても、混合診療解禁反対の請願が、当時、野党であった民主党議員を含んだ全会一致で採択された。
結果的には、混合診療は全面解禁されなかったが、現行制度の枠組みの中で、従来の特定療養費制度の対象を広げ、「保険外併用療養費制度」を創設し、将来の保険導入の為の評価を行う「評価療養」として、先進医療や薬価基準に収載されている医薬品の適応外使用等と保険診療を併用することが認められることとなった。
●現政権が描く「混合診療」
民主党政権が発足し、昨年暮れに「新成長戦略」を閣議決定し、「医療・介護は国民経済への波及効果の高い力強い産業として、非常に重要な位置付けがなされるべきである」とした。また、内閣府の行政刷新会議の中の規制・制度改革に関する分科会(ライフイノベーションWG)や経済産業省が発表した「産業構造ビジョン2010」には、「混合診療」の全面解禁や公的保険外の健康関連産業の創出、メディカルツーリズムの受け入れ拡大等が明示されている。
小泉政権期に議論された「混合診療」は、規制緩和し、医療費を抑制することが第一の目的だったことに対し、この度、政府が掲げている「混合診療」は、現行制度よりも手続きが柔軟で迅速な新たな仕組みを検討すると同時に、シームレスな医療・介護等のサービスを提供する産業の創出を促すとしており、成長戦略の一環としての位置付けが強い。(裏面表−1参照
 保険診療と国内未承認の医薬品の処方を同時に受ける場合等、公的医療保険で認められている診療( 保険診療※ 下図(1) 参照) と、認められていない診療( 保険外診療) を同時に受けることを「混合診療」と呼んでいる。
 診療は不可分一体であり、保険診療と保険外診療を併用して、何か問題が発生した場合には、公的医療保険の信頼性も損なわれる為、現在では、混合診療は自己責任による全額自己負担( 保険診療の全額自己負担+ 保険外診療の全額自己負担※ 下図(2) 参照) となっており、混合診療は原則として認められていない。
ただし、厚生労働大臣が定める「評価療養」及び「選定療養」については、「保険外併用療養費制度( 平成18年9月までは特定療養費制度と呼ばれていた。) ※ 下図(3)参照」として保険診療との併用が認められている。
新成長戦略
   〜「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」の実現〜
2 0 2 0年までの目標
名目成長率3%、実質成長率2%を上回る成長を目指す
2011年度中に消費者物価上昇率をアップさせ、デフレを終結させる
早期に失業率を3%台に低下させる
  重点分野の1つに「医療」を位置付ける
    具体的施策
      ・医療、介護、健康関連産業を成長牽引産業へ
      ・革新的新薬、医療機器の実用化
      ・ドラッグラグ、デバイスラグの解消
      ・先進医療の評価、確認手続き簡素化
      ・国際医療交流(医療滞在ビザの設置) etc…
日本医師会は、「新成長戦略」に対して、医療・介護分野への投資が雇用を創出し、個人消費に向かわせるという考え方を評価するとしているものの、同戦略に盛り込まれている先進医療の手続き簡素化、メディカルツーリズム、「国際戦略総合特区」「地域活性化総合特区」構想等については反対する姿勢を示している。メディカルツーリズムについては、混合診療の全面解禁が後押しされ、公的保険の給付範囲を縮小させる恐れがあり、本格的に反対運動を展開するとしている都道府県医師会もある。
「混合診療」について〜ひとつの視点
我が国の医療制度の根幹となる皆保険制度を「平等」故に統制的な運営となり非効率だとし、規制緩和によって効率化が可能であるという考えは以前より存在する。しかしながら、むやみな規制緩和は、医療の階層化の進行を助長する為、我が国では、医療の平等消費社会(慶應義塾大学:権丈善一教授)の維持の為に、敢えて統制的な運営にしている。その結果、先進国中、最も安価な医療費で、最も効果を挙げている医療が実施されているのである。
一方、富裕層の中には、最先端の医療を受けたい、もっと医師・看護師等のメディカルスタッフの多い医療機関に入院したいという要望は強い。さらに、医療を成長牽引産業にすべき(菅政権:新成長戦略)との意見も政界・産業界から多く聞かれるようになってきた。
〜有効需要
(Effectivedemand)〜
 有効需要とは、「総需要」と同義語で、実際にモノを買うだけのお金があること、すなわち購買力を前提とした、モノを手に入れようとする行為のことを言います。ジョン・メイナード・ケインズによって提唱され、後に形成されたケインズ経済学(ケインジアン)の考え方の基礎となっており、消費・投資・政府支出及び純輸出の和で定義されます。ケインズ以前は、需要と供給は「セイの法則」により、供給が需要を生み出すと考えられていましたが、世界大恐慌の教訓から、需要こそが供給を生み出すとされました。
 有効需要の理論によると、不況により需要が少なく供給が多すぎる場合は、そのギャップを政府が埋めれば、また景気が回復していくと考えられています。不況時に、個人が先行き不安により貯蓄を増やそうとすると、不況をさらに深刻化させかねません(合成の誤謬)。その際には、政府が公共事業に投資する等、財政支出を増やしたり、減税することで民間需要を喚起し、景気を刺激するような政策を実施し、経済全体の需要を掘り起こし(有効需要の創出)、結果的に家計や企業が潤い、景気を上向きにシフトさせようとします。
 多くの先進国が数十年にわたり、公共需要を行ってきた背景にはこの「有効需要」の法則があります。現在の日本のデフレ不況は、有効需要が少ないことが原因の一つとしてあげられています。
これらの要望と医療の平等消費をどのように両立させていくのかが、今後の課題と言える。小泉政権期では、公費部分を削減し、その穴埋めとして私的支出である「混合診療」を推進する政策を推進しようとした。混合診療を全面的に解禁すると、皆保険制度の崩壊や医療費の高騰を惹起する可能性がある為、この新自由主義思想に基づいた混合診療全面解禁論は論理的にも破綻しており(詳細は、医療情報室レポートNO.131「新自由主義とは何だったのか?」NO.134「我が国から見たアメリカ医療の問題」に掲載)、もはや声高に主張するまともな論者はいないだろう。
他方、混合診療とは、ある意味、皆保険制度が存続することを前提として存在する概念でもある為、混合診療を論じる際には、社会保険である医療保険制度をある程度見直す必要も出ていると思われる。例えば、ドイツでは、公的保険の加入が義務付けられているが、一定の収入以上の人は公的医療保険か私的医療保険のどちらに加入するかを選択できるオプションが用意されている。フランスやスイスでは、加入が義務付けられている保険の他に、保険でカバーされない部分に対する任意保険があり、任意保険でカバーされている診療行為もある。中でも、スイスは、保険組合が掛金を設定し、国民は掛金やカバーされる内容により自由に保険組合と契約できるシステムとなっている。
このように、現行の本邦の医療保険制度を全く変化させずに、混合診療を2階建てのようにすることは不適切であるが、他国のように保険組合の選択制等を導入することで、富裕層の希望や成長牽引産業に導くことは可能かもしれない。今後、さらに進展する医療の高度化・日本社会の高齢化に対応する為には、地域に一つしかない国民健康保険組合、会社に入ると自動的に加入させられる健康保険組合だけではなく、複数の保険組合の選択制を導入する等により、緩やかな競争を医療保険にも導入する必要もあるのではないか。平等と成長を両立させる為には、医療保険制度そのものの変化も必要であろう。
<医療情報室の目>
 政府は、約20年間に及ぶ日本経済の低迷と社会を覆う閉塞感を打破する為、過去の失敗から学び、現在の状況に適した政策として、「第三の道」を進むとする「新成長戦略」を6月18日に閣議決定した。その内容は、経済社会が抱える課題の解決を新たな需要や雇用創出のきっかけとして、それを成長の起爆剤とする政策であり、その実現の為の戦略が、「強い経済」、「強い財政」、「強い社会保障」の一体的実現であるとしている。すなわち、経済成長による税収が財政を健全化し、財政の持続可能性の確立と財政面からのメリハリの効いた成長戦略が経済成長を促すとともに、極めて重要な成長分野であり、かつ財政の最大支出項目である社会保障の確立が国民消費の拡大に繋がるという、密接な成長の連関の輪を形成していくことを目指している。
 そして、健康長寿という我が国の特徴を、強みを活かす成長分野と位置づけて、「ライフ・イノベーションによる健康大国戦略」として、2020年までに、「医療・介護・健康関連サービスの需要に見合った産業育成と雇用の創出、新規市場約50兆円、新規雇用284万人」を目標に掲げ、この方針に沿って、政府の行政刷新会議の規制・制度改革に関する分科会で、「混合診療の範囲拡大」、「再生医療の推進」、「医療ツーリズムへの取り組み」等が検討されている。医療分野を経済成長の一つのツールとして捉える中で、「混合診療拡大」論議は、出るべくして出て来たものだが、従来の混合診療是非論議は、医療の平等消費を実現してきた現行の国民皆保険制度の枠組みの中での議論であった。皆保険発足後50年が経過した現在、急速な医療技術の進歩や、多様化する医療需要側のニーズにも応える新たな制度を、全ての国民の健康を保障する基本的な公的保険を存続させることを大前提して考える時期が来たようだ。
9月より、本会に「情報企画課」が新たに設置されることに伴い、本レポートの事務局担当が情報企画課に変更となります。来月より、本レポートの事務局担当は情報企画課の新レポーターが担当致します。地域医療課にて担当しておりました長らくの間ご愛顧頂きありがとうございました。今後も引き続き本レポートをご高覧頂きますよう宜しくお願い致します。(事務局担当地域医療課工藤)
ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原村耕治(広報担当)・竹中賢治(地域医療、地域ケア担当)


  医療情報室レボートに戻ります。

  福岡市医師会Topページに戻ります。