医療情報室レポート
 

bP30  
 

2009年 3月 27日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特 集 :周産期医療への取り組みその1
 
 
人的ミスによる医療事故や患者の「たらい回し」など、周産期医療の現場も多くの問題を指摘されて
いる。医師の立ち去りや過重労働など、構造的な原因にようやく社会の目が向き始めた。

 いわゆる「ハイリスク妊婦」や「飛び込み分娩」で搬送される妊婦の受入など、周産期医療体制の根本的な見直しが迫られている。担当医が業務上過失致死と医師法違反で刑事訴追された福島県立大野病院事件や、昨年10月に起こった都立墨東病院での妊婦死亡事件に見られるように、医師不足や地域偏在、さらに新生児集中治療室(NICU)の病床不足など、周産期医療が抱える問題は、我が国の医療崩壊の現状が最も先鋭的に現れたものだ。
国も地方自治体もようやく周産期医療システムの再建に本腰を入れ始め、周産期医療センターの指定基準やネットワークの構築、新たな財源の確保に乗り出した。
今回は、「周産期医療」を取り上げ、周産期医療システムの問題点や課題を検証する。第1回目は、我が国の周産期医療への取り組みの概要を解説する。

我が国の周産期医療
周産期医療とは?
 周産期(perinatal period)とは、妊娠22週から生後満7日未満までの期間をさし、親から見ると分娩期、新生児から見ると出生の周辺期を意味する。
周産期は、新生児の適応生理をはじめ、極めて特異的な病態生理が介在する時期であり、合併症妊娠、分娩時の新生児仮死など、母体・胎児や新生児の生命に関わる事態が発生する可能性が高い。
この時期の前後は、突発的な緊急事態に備えて産科・小児科双方からの一貫した総合的な医療体制が必要であり、特に「周産期医療」と呼ばれている。
近年「周産期医療」は、出生前後に限らず、母体、胎児から新生児、その予後までを含む幅広い領域を担当する診療科である
国のこれまでの主な施策
平成8年「母子医療施設整備事業の実施について」
  都道府県が周産期医療施設の整備を中心とした周産
  期医療ネットワークを構築し、母体・新生児の搬送体
  制の確保、情報提供、医療従事者の研修等を推進する★ 平成11年「新エンゼルプラン」
  少子化対策の具体的実施計画として、国立成育医療
  センター(東京都平成14年3月開設)の整備や、全都
  道府県において周産期医療ネットワークを構築し、高
  度な医療提供、研究等を推進する
平成12年「健やか親子21」
  2010年(平成22年)までの国民運動計画の一環とし
  て、妊娠・出産に関する安全性と快適さの確保と不妊
  治療への支援、小児保健医療水準を維持・向上させ
  る為の環境整備などを具体的目標値を設定し取り組む
医療現場の実情は?
産科医療・周産期医療の整備は、国策として進められているが、
医療現場がそれに追いついていない現実がある。全国各地で産科
医療の崩壊が始まっており、いわゆる「お産難民」が出現するに
までに至っているが、その原因は何か?
@医師不足・偏在
最近では、医療現場における医師不足・偏在が社会問題化している
が、(詳細は、医療情報室レポートNo.119「医師不足問題から見た医
療崩壊」に掲載)特に産科領域・救急医療ではこの問題が先行的に進
行している。
全体として見ると医師総数は増加傾向にあるが、産科・産婦人科の医師
数は減少している。(※1)また、産科・産婦人科領域は他の診療科と比
較し医師の高齢化が進んでおり、年齢別に見ると、50歳代頃から医師全
体に対して産科・産婦人科医師数の割合の方が多くなる。(※2
平成16年に開始された新医師臨床研修制度における2年間の研修
は、2年間、医療現場に新人医師の参入が遅くなることを意味してい
る。また、現場の医師は、研修医教育の為に時間を費やし、さらに厳し
い勤務条件になった。また、研修医は過酷な産婦人科医療現場を経
験する為、産婦人科の専攻を敬遠する傾向がある。
産婦人科医の中でも女性医師の割合が増加しており、30歳代の産
婦人科医の約半数が女性医師
という状況である。しかし、勤務6年
目以降より離職が目立つ為、産婦人科医の減少に拍車をかけている。
A分娩施設の減少
ここ10数年で、出生数の減少に比例し、我が
国の分娩施設は1,300以上減少しており、年間約100施設の医療
機関が分娩を取りやめていることになる。
医療現場では、理想と現実のギャップが浮き彫りに
なっている。。。
B勤務時間の超過
ある大学附属病院と総合周産期母子医療センターにおける調査によると、当直を含む病院での勤務時間は1人当たり1ヵ月約314時間にも及び、140時間以上の時間外労働という実態が日常化していると言う。産婦人科勤務医は、日常診療の他に代休のない当直という夜間勤務があり、当直明けでも翌日は通常どおり外来・分娩・手術をこなさなければならず、さらに実習指導、研究、会議出席などの諸活動を行っている。
C安い報酬・低い評価
昨年の診療報酬改定において、「妊産婦緊急搬送入院加算」、「ハイリスク分娩管理加算」等、診療報酬上の評価がなされたが、搬送を受ける側の病院に対しての評価の為、ハイリスク出産の扱いが少ない中小病院や診療所(かかりつけ医)は加算の対象でなく全体としての効果は少ない。また、診療報酬上の評価と医師の報酬は別問題で、実際は医師の報酬にはあまり反映されていないのが現状である。
D医事紛争・医療訴訟の増加
産婦人科医療は、妊婦や胎児の容体の急変等、診療中に受けるプレッシャーやストレスが大きく、最善の努力を尽くしても不幸な結果が発生することがある。また、医療過誤に対する訴訟が多い診療科であり、最近は減少傾向にあるが年間約1,000件弱の訴訟が提起されている。
周産期医療の将来像
地域の実情に応じた周産期医療体制の構築
  ☆ 周産期情報センターや搬送コーディネータの整備         ☆ 医師と助産師との役割分担・連携強化
  ☆ 行政レベルでの母胎搬送先の照会、斡旋、紹介業務の開始  ☆ 産科医療補償制度の充実
  ☆ 労働基準法等の法令を遵守した医師の勤務条件の整備    ☆ 地域の産婦人科医による輪番制等の合理的体制の整備
  ☆ 医師不足・偏在、NICU不足の解消、分娩施設の確保
Hint・ひんと・・・
女性の平均婚姻年齢(初婚)は、社会構造の変化や雇用機会の増加等により年々上昇しており、現在は28歳を超えている。それに伴い、出生率を年齢別に見てみても同様に上昇している。(※3)近年は、高齢妊娠・出産の機会が増し、一概に「高齢出産=危険」とは断定できないが、それ以前の年齢よりもトラブルが起きやすく、自然流産・胎児の先天異常(ダウン症等)・妊娠中毒症・帝王切開等のリスクを伴う。また、産婦人科医にとっても妊婦・胎児に細心の注意や取扱いが要求される
<医療情報室の目>
 我が国の乳幼児の死亡率は世界で最も低い水準にあるが、これまで維持されてきた周産期医療システムは、現場の産婦人科医・小児科医らの努力に負うところが大きい。
産婦人科は、分娩という昼夜ない対応を迫られる厳しさや、最も訴訟が多いとされる診療科であることから、専門医や産科医療を担う医療機関は減少の一途をたどっている。加えて、助産師・看護師不足といった状況があり、このままの状態が続けば、我が国の周産期医療は早晩破綻してしまうだろう。一例をあげれば、自院で救急患者の対応ができないと判断した場合、現場の医師が搬送先を探す作業に時間を取られれば、重大な医療事故を招く確率が高くなり、また、診療現場の作業効率も著しく低下させることに繋がる。しかも、この行為には診療報酬上の評価なども一切なく、万が一、搬送先がスムースに見つからなければ、「たらい回し」という言い方でマスコミの集中砲火を浴びかねない。こうした状況が既に常態化しつつある。
このような現状を招いた原因の一つが国の政策の誤りにあることは異論のないところであろうが、最近では、このような状況を受けて助産師に分娩を一任しようとする動きも見られる。しかし、実際は連携医療機関が見つからず廃業の危機にある助産所もあり、いわゆる総合病院においても、産婦人科だけ妊婦にゆっくりさせるためのスペースやスタッフを余計に捻出できず、助産師外来を導入しようにも人手が足りないのが実状である。また、自宅分娩・助産所分娩は、医療機関での医師による通常の分娩に比べてリスクが高くなることも理解しておかなければならない。
周産期医療システムの構築は、本来、国の業務であり責任である。周産期医療を担う全国規模での専門施設の整備と都道府県においても地域の特性を生かした周産期医療システムの構築が急がれる。次号以降で、本号で取り上げたような概要を踏まえ、福岡の周産期医療システムの現状を特集したい。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


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