医療情報室レポート
 

bP25  
 

2008年 10月 31日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特 集 :レセプトオンライン化を考える
 
 
レセプトのオンライン化は、事務作業を効率化させると言われているが、医療機関はシステム導入に
新たな投資と負担を強いられる。医療分野でもIT化は避けては通れないが、医療機関(請求側)に
新たな負担を求めるのみで支払側の環境が一方的に改善されるようなIT化は、請求側の労多くして
メリット少なしという結果になりかねない。

 平成17年12月、当時の小泉内閣が「規制改革」を押し進めている最中であるが、政府・与党医療改革委員会は「医療制度改革大綱」を公表し、レセプトIT化の推進等の項目で、平成23年4月から原則すべての医療機関についてレセプトのオンライン提出を義務化することを打ち出した。また、内閣府IT戦略本部は「IT新改革戦略」の中で、レセプトの完全オンライン化により、医療事務のコストを大幅に削減すると共に、レセプトのデータベース化とその疫学的活用により予防医学を推進するとし、本年4月より、段階的であるが、まずは400床以上の病院を対象にレセプトのオンライン請求が開始された。
 これにより、事務作業等の効率化を図り、また、集積されたデータを予防医学に活用することで、医療費適正化に繋げるとする一方、内閣の規制改革・民間開放推進会議では、集約されたデータを「民間」も活用できるように「いたずらに利用を制限することがないよう」求めてもいるが、この背景には、経済界の思惑が見え隠れしている。
 今回は、完全義務化が迫っているレセプトのオンライン化の概要やそれに対する問題点、対応策などをまとめた。

レセプトのオンライン化とは?
概要・スケジュール
電子化したレセプトの情報を、インターネット・専用回線を利用して審査支払機関へ送信し、また、審査支払機関においてもレセプト審査後、電子データを保険者に送信するシステムのこと。レセプトがオンライン化されるとコンピューター端末による機械的な審査が可能になる。
現  状
レセプトのオンライン請求義務化を前に、
現時点での医療機関への普及率などは次
のとおりである。
福岡県のレセプトオンライン化の現状
レセ電による請求 電子媒体による請求
(光ディスク)
オンライン請求
病院 診療所 病院 診療所 病院 診療所
全国平均 40.8% 21.5% 23.4% 19.8% 17.4% 1.7%
九州平均 42.1% 17.3% 26.6% 15.8% 15.5% 1.5%
福岡県 42.4% 14.1% 23.5% 12.6% 19.0% 1.6%
社会保険診療報酬支払基金平成20年8月診療分
「オンライン請求参加動向」より作成
導入に際して
レセプトのオンライン請求システムの導入
には、確認試験期間を含め移行作業には概
ね、診療所で2か月、病院で3〜6か月か
かり、初期コストとして、約14万円の他
に、月々約6千円かかると言われている。
(※1)レセコンを導入していない医療機関
は、その他にレセプト電算システム導入費用が
約200万円(1台)かかる。
(ORCAは100万円弱)
本年7月に日医が会員医療機関に対して行
ったアンケートによると、レセプトのオン
ライン化に対応できないため、廃院を考え
ている施設が3,611施設(8.6%)に上り、
この割合を全施設で考えると、8,000を越
える施設が廃業を考えている計算になる。(※2)
レセプトオンライン化に必要なコスト(レセコン導入費は別途必要) (※1)
項 目 金 額 備 考
オンライン請求用パソコン 約100,000円 既存のPCを利用の場合は不要
・PCを5年間使用するとした場合、約1,666円/月
電子媒体読込用ドライブ 約10,000円 請求をMOで行っている場合、MOドライブの装着が必要
・FD、CD-Rの場合、PCに装備されていれば不要
・ドライブを5年間使用するとした場合、約166円/月
電子証明書発行料・更新料 4,000円 ・有効期間3年間、約111円/月
ネットワーク回線接続初期費用 約28,000円 ・Bフレッツ(ハイパーファミリータイプ)利用の場合
・キャンペーン価格で利用できる場合あり
初期費用合計 約142,000円  
ネットワーク月額利用料 約6,000円  
合 計 約148,000円 ・PC等既存のもので対応する場合 約6,111円/月
・PC等すべて新規で対応する場合 約7,943円/月
日医総研「ORCAプロジェクトとレセプトオンライン化」
より作成
問題点
国は、診療報酬のデータと今年度から実施さ
れた特定健診のデータの両方を管理すること
となり、それを突き合わせして活用していく
ことは、国民のプライバシーを侵害する行為
に当たるのではないか。
審査基準が一元化されることにより、医療監
視の強化や医師の裁量権の阻害を招き、年齢・
病名・地域性などに配慮された審査がなされ
なくなることが予想される。
レセプトオンライン化の導入費用は全て自院
で賄わなければならない。その補償として設
定された電子化加算はあまりに少ない。
民間企業などによる診療報酬データの利用の
是非が議論されているが、それが実現すれば、
データが企業の利益に利用されたり、また、
レセプトオンライン化に伴うレセコン・通信
メーカーの経済効果も大きく、医療が企業の
金儲けに利用される恐れがある。
対応策
レセプトオンライン化に対応できない医療
機関は「代行請求」を認めるなどの措置を
施す必要がある。
医療機関側に義務を求めるのであれば、経
済的支援があってしかるべきであり、レセ
プトオンライン化にかかる費用は国・保険
者が持つべきである。
お隣韓国では・・・
・韓国のレセプトオンライン化は、1995年(平成7年)にテスト運用が開始され、1998
 年(平成10年)から全国拡大した。普及率は90%を越えており、電子署名を有効な署
 名とする「電子署名法」が施行されている。
・レセプトオンライン化による事務経費削減額は、医療機関は年間233億円(推計)で審
 査支払機関は年間16億円(実績)である。事務作業の簡素化により、診療報酬支払期
 間が従来の30〜40日から15日に短縮された。集約されたデータは、医薬品の適正
 使用、疾病の流行把握、疾病管理など、医療の安全と質の向上のために活用されている。
・審査、管理側の強権を生み出し、審査支払機関がコンピューター上で審査基準を変え
 たり、データが漏洩する危険性があるなどの問題点もある。
<医療情報室の目>
  安心して良質な医療を受けられる体制が整備・維持されることは、とても重要なことであり、そのひとつとして医療分野のIT化が推進され、そこから得たデータを活用することへの期待が高まっている。レセプトのオンライン化に伴い集積されるデータは、予防医学に役立てられたり、事務分野では、現在行っている編綴などの作業が効率化されたりと、利点が多いように感じられる。しかし、政府が医療分野のIT化を推進する背景には、増大を続ける医療費の問題、すなわち医療費の削減が大前提にある。
 現在、レセプトのオンライン化については、準備作業が遅れ気味で、平成23年4月の完全義務化に間に合わないとの声もある。政府は、真により良い医療サービスを目標に医療分野のIT化を推進するのであれば、即レセプト電子化イコールオンライン化ということではなく、まずは手上げ方式で徐々に移行していくなど柔軟な対応が必要である。さらに、オンライン化に対応不可能な医療機関にも十分配慮しなければならない。完全義務化に対応不可能な医療機関が廃院を余儀なくされるような状況を国が作り出すことは本末転倒である。
日医は、今月20日に日本歯科医師会、日本薬剤師会とともに、レセプトオンライン請求の完全義務化撤廃を求める共同声明を厚労省に提出した。(http://www.med.or.jp/shirokuma/no1030.html
 内閣の規制改革・民間開放推進会議や日本経団連は、民間企業も国が集約したデータを活用できるように求めているが、これは、利潤追求を旨とする経済界が食指を伸ばしていると言えば言い過ぎだろうか。もしこのようなことがまかり通れば、民間生命保険会社などが真っ先にこのデータを手に入れるため狂奔するだろう。国民の健康情報が経済界の利益の為に利用されることは、決して許されるべきことではない。医療費の適正化・効率化の名目で社会保障費が削減されている中、国の台所事情や経済界の思惑に基づいた更なる「医療改革」は、地域医療の荒廃を加速させるだけだ。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・竹中 賢治(地域医療担当)・徳永 尚登(地域ケア担当)


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