医療情報室レポート
 

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2003年 3月28日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特集:株式会社の医療経営参入 −その4−

 本年2月27日、政府の構造改革特別区推進本部(本部長・小泉純一郎首相)は構造改革特区の第2次募集に対し、自由診療の分野に限り株式会社の病院経営参入を認める方針を決定した。
 日本医師会のみならず、厚生労働省・自民党医療関係議員からも「命の値付け」「質の低下」「不採算部門(救急・過疎地)切り捨て」につながるため反対姿勢を明確にしていたにもかかわらず、またも小泉首相の独断専行により“改悪”が一つ実行されようとしている。もはや小泉首相は自らの意地と人気回復のためのパフォーマンスとして医療改悪を進めようとしている感さえある。
 本問題が議論される際に最も重要視されるべき点は「国民・患者の利益」であるにもかかわらず、経済界の思惑と政策の道具にされ、全く医療の本質から外れていると言わざるを得ない。
 今回のレポートでは、特区において(取り敢えず)自由診療分野に限定したというものの、解禁されようとしている株式会社の病院経営参入について、関係者の発言、日本医師会の主張を紹介するとともに、医療法人制度や既存の株式会社立病院についても触れてみる。
  


構造改革特別区推進本部の決定事項

 ★医療に関する主な項目

<特区で実施する項目>
  ・自由診療(保険外診療)に限定した株式会社の病院経営 − 提案:長野県など

<全国で実施する項目>
  ・外国人医師による当該国民の診療に限定した受け入れの拡大 − 提案:長野県など

関係者の発言等

 ★坪井日医会長と小泉首相会談

 坪井会長は2月27日、小泉首相の要請で構造改革特別区推進本部の会合が開かれる約1時間前に首相官邸で会談した。首相秘書官をはじめ関係者は一切立ち会わず、会談は首相、坪井会長、山崎自民党幹事長の3者だけで行われたという。
 会談で小泉首相は「特区の問題で株式会社の病院経営参入の件に関しては強行したい。ついては日医の理解をいただきたい」と切り出し、株式会社参入を容認するよう要請。坪井会長は「生命・身体・健康を犠牲にしてまで経済活性化を図る考え方は容認できない」「医療制度、医療保険制度を根底から覆すことは許せない」などと、跳ねつけた。
 さらに小泉首相は「公的保険の分野での参入が困難であることは理解する」とし、対象領域を自由診療の先端医療に限定することや、全国的展開はせずあくまで実験的試みとして特区内で実施することを明記した文書を示したが、坪井会長は「株式会社の参入は特区であろうと全国であろうと、お断りします」と拒否。話し合いは物別れに終わった。
 その後、開かれた構造改革特別区推進本部の会合で政府は、日医、厚生労働省の反対を押し切る形で条件つきながら株式会社の病院経営参入を解禁する方針を決定。これを受けて厚労省が6月までに具体案をまとめることになるが、坪井会長は「今後も反対運動を強烈に展開していく」と決意を表明した。
<日本医師会「JMA PRESS NETWORK」ニュース(2003.2.28)より>
 ★小泉首相発言(要旨)

 特区における株式会社の医療への参入については、公的医療保険の分野については困難な問題(例:医療費抑制、医療法人とのバランス)があることは理解できる。
 しかし、自由診療の分野では、「全国的な措置ではなく、試してみる」という特区の趣旨からみて可能であると思う。
 したがって、自由診療の分野という前提で、地方公共団体等からの意見を聞き、第2次提案に係る特区の実現が予定される6月中には成案を得て、15年度中に必要な措置を講じてほしい。
 (注)自由診療の分野においては、これまで、高度先進医療についての提案がなされている。
<日本医師会「JMA PRESS NETWORK」ニュース(2003.2.28)より>
 ★坂口厚労相発言

「心の底から納得しているわけではない。しかし総理の決断なのでお受けするしかない。」(2月27日記者会見)
「規制改革の名の下に国民の健康にかかわる分野を多く取り上げるのは、やはり方向が間違っている。国民の健康を担当する省として、断固として守るべきところは守っていく。」(2月28日衆院予算委員会答弁)

 ★鴻池特区担当相発言

 「積み残しの課題(混合診療や公的保険分野への株式会社参入)に取り組みたい。」と保険診療にも対象を拡大する意欲を見せる。
(2月28日衆院予算委員会答弁)

日本医師会の主張

「生命・身体・健康」を犠牲にしてまで経済活性化を図る考え方は、絶対に容認できない。
現在の医療制度、医療保険制度を根底から覆すことは、許すことができない。
我が国の医療は、「非効率」ではない。きわめて安い費用で、世界一の長寿と世界一低い乳幼児死亡率を達成している。
医療は、国民の生命・健康の破綻からの回復、維持、増進を図るもので、国民の生存に関わる権利である。
医療に係る規制は、国民を保護するためのものであり、実験的に規制を解除することは許されない。
株式会社の医業参入、混合診療、外国人医師の医療等を認めることは、医の倫理に根拠を置き、国民の自由かつ平等な医療を保障する規制を排除するものである。
医療に係る規制で不要なものであれば、その規制を改正し、全国一律に対応するべきである。
  <日本医師会「JMA PRESS NETWORK」ニュース(2003.2.28)より>

自民党の反応

 自民党の医療基本問題調査会(丹羽雄哉会長)が3月14日、政府の構造改革特別区域推進本部が株式会社の医療機関経営参入を容認したことについて、「極めて遺憾であり到底受け入れることはできない」とする意見書をまとめた。
 意見書は、推進本部の決定に対して「議論もせずに我々の意見をまったく無視して一方的に決めたこと」と強い不満感を表明。株式会社参入に反対する姿勢を明示するとともに、「今、もっとも大切なことは医療改革を通じて、将来に向かって国民皆保険制度のもとで安心できる医療体制をつくることだ」と改革の早期実現を唱えている。
<日本医師会「JMA PRESS NETWORK」ニュース(2003.3.17)より>
現行の医療法人制度との兼ね合い

 株式会社の医療経営が議論される際に常に問題点として指摘されるのが「持分の定めのある社団医療法人」で、医療法人であるため利益(剰余金)の配当は禁止されているものの(医療法第54条)、解散時に残余財産を払込出資額に応じて分配することが認められている(医療法第56条)ため、実質的には営利法人と同様に利益の分配が行われているとの主張がある。
 医療法人制度については、厚生労働省の「これからの医業経営の在り方に関する検討会」がまとめた最終報告書の中で、「医療法人を中心とする医業経営改革の具体的方向」として「非営利性・公益性の徹底による国民の信頼の確保」をあげ、その具体的方策として次の点を求めている。
 なお、株式会社の医療経営参入については、「現段階において病院経営に株式会社参入を認めるべきとの結論には至らなかった」と明記している。
 <医療法人を中心とする医業経営改革の具体的方向>
   非営利性・公益性の徹底による国民の信頼の確保
持分の定めのない法人に移行させることを将来的方向とし、特別医療法人制度・特定医療法人制度普及のためそれぞれの要件を緩和する
出資額限度法人の制度化について検討する
営利性排除のための指導指針の策定等の措置を講じる

既存の株式会社立病院の存在

 医療への株式会社参入推進論者には、既に株式会社立の病院が存在しているとの主張がある。現在、67の株式会社立病院がある(平成12年医療施設調査)が、これらは1948年(昭和23年)の医療法制定以前から存在し、その多くが会社の福利厚生の一環として従業員のための医療施設として設立されたもので、その後地域の要請や必要性から周辺住民へと開放され、今日に至っているものであり、歴史的背景からもその存在は否定されるものではないと思われる。
 従って現在議論されている新たな株式会社参入とは、“入り口”が大きく異なるといえる。
 但し、設立母体企業の業績が経済不況で悪化する中、採算面の要因が病院経営に働く可能性もあり、やはり非営利の原則との兼ね合いから今後検討されるべき課題であろう。

<医療情報室の目>

★医療は「社会共通資本」として保障されるべきもの
 憲法第25条に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と謳われるとおり、健康維持回復のために医療を受ける権利は、すべての国民に保障されている。居住地や金銭の差で享受できる医療サービスが変わる恐れのある株式会社の医療経営参入は、断固阻止されるべきである。「守るべきもの」は必要な医療を公平に受けることができる「社会共通資本」としての医療であると考える。

★株式会社の参入容認はなぜ危険か
 営利獲得競争を医療の世界に持ち込んだ場合にもっとも懸念される現象は、「バンパイア効果」と言われるものであるが、株式会社参入論者は「バンパイア効果」の危険をまったく心配していないようである。「バンパイア効果」とは、ある地域に、「サービスの質を落としてでも価格を下げてマージンを追求する」悪質な医療企業が参入してシェアを獲得した場合、「マージンよりもサービスの質を追求する」良質な企業が、悪質な企業の経営手法をまねないと生き残れなくなる現象である。ひとたび吸血鬼にかまれた者は、いやでも吸血鬼にならなければならないという喩えであり、世の中から良心的な医療を追求する病院が消えてしまう危険をはらんでいるのである。

★「特区」は「特区」で終わらない
 今回特区で認められることとなった自由診療分野への株式会社の病院経営参入は、提案があった地域だけの問題でなく、4月から始まる申請受付の際に手を挙げて認められれば、次々に特区という名の下に各地で株式会社の病院経営が行われる可能性がある。気がつけば周りがすべて「特区」で株式会社の病院経営が行われている状況もあり得ない話ではない。

★鴻池大臣は二枚舌?
 小泉内閣の規制改革推進事業の営業部長と比喩される鴻池特区担当相は、自身のホームページの中で語録として「規制緩和の大合唱は気に喰わない。緩和されるべき規制もある。維持されるべき規制もある。守るべきものは守らなければならない。大資本がすべてやることはない。日本の文化の背景が破壊される。」と謳っている。仰るとおりである。医療が平等に受けられることは「守らなければならない」ものであり、国民皆保険制度、フリーアクセスなどは我が国が誇る医療の文化ではないだろうか。
 大臣の真意が聞きたいものである。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 百富 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 長 柄 均・江 頭 啓 介・入 江  尚


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