『健康科学』という言葉すらなかった時代に、九州大学に健康科学センターを創
設された、緒方道彦さん。九州大学を退官後は、久留米大学附設高等学校・中学校

の校長を経て、現在は専門である生理学研究を楽しんでいらっしゃるそうです。


【緒方 道彦んプロフィール】
 1926年 長崎県生まれ。
 1952年 九州大学医学部卒業
 1959年 医学部生理学教室入局、医学博士に
     米国のフロリダ大学とロックフェラー
     研究所、英国のオックスフォード大学、
     独逸のハイデルベルグ大学で研究
 1970 九州大学教養部長
 1978年 九州大学に健康科学センターを創設、
     初代センター長(三期六年)
 1989 九州大学名誉教授
 1990 久留米大学附設高等学校・中学校校長
     (一期三年)、同校名誉校長
 2004 春の叙勲で端宝中綬章
     
  福岡市健康づくり基本計画の策定以来、総合
  計画に参加。
  (財)福岡市健康づくりセンター理事
 
  旧制五高山岳部以来、第1次南極観測隊、福
  岡山の会ヒマラヤ・タウラギリ遠征隊、日本
  ネパール合同学術調査隊などに参加。
  福岡山の会会長 福岡県山岳連盟会長


九州大学の健康科学センターを創立された際、色々とご苦労があったのでは
 いでしょうか。
  創設しようとした時に、文部省や大蔵省から批判を受けました。当時、『健康科
学』というタイトルは日本になく、病気の研究は大切だが、健康の研究に税金を使
わなくてもいい、ということでした。
 ですが、豊かな社会は、ブロイラーのような養殖人間の集まりです。天然人間
とは何だったのかを確かめる必要がありました。
 
健康科学とはひと言で言うと何でしょう?
 『タカラ探しの科学』です。これは以前、私の教え子が、レポートで見事に表現
してくれたのですが、「健康科学と医学があります。先生の言われる健康科学は、
タカラ探しの科学ですね」と。一方、医学は、『アラ探しの科学』です。

健康科学は、『タカラ探しの科学』。医学は、『アラ探しの科学』。具体的に 
 はどういうことですか。 
 アラというのは、価値がないように見えるけれど、悪
いことではないんですよ。アラは、自分でも分からない
んですよね。分からないのを探してあげる。本人も、自 
分にアラがあると気が付くと、治療をしていく。そして、
普通に動けるようにする。これが、医学のやること。ア
ラ探しの科学です。
 ところが、タカラ探しの科学は、自分にはどんなタカ
ラがあるのかを探して、小さくてもそれを増やしていく
というスタンスですね。「いくつ歳をとっても、自分に
何かタカラがあるかを探しては、それをふくらましてい
く。だから、タカラ探しは、増える、ふくらむ科学です
ね」と、その教え子が言ってくれたんですよ。
 

緒方さんが考える『健康』とは何でしょうか。

 健康の定義を医者から測ると、『病的・医学的欠陥
がない』ということになります。つまり、医者は、健
康について、「アラを見つけましょう」「あなたはア
ラがないですよ」ということは言ってくれます。です
から、「アラは消してあげましょう」ということをす
るのが医学の仕事です。でも私は別の視点で、健康と
は本来、『心と体の両面にわたって、自分で自分をう
まく使いこなしている状態』だと考えています。そういう意味では、一番健康な人と
は、例えばパラリンピックを考えてみてください。パラリンピックで頑張っている人
たちは、アラはいっぱいあるんですよ。だけど、「自分はこれができる」ということ
をうんと磨いてふくらましている人たちです。タカラ探しをして、そのタカラをどん
どん広げている人たちは健康です。
 逆に、医学的には何の病気もないけれど、自分は調子が悪いとか言っている人は、
不健康。病気ではないけれど、不健康。むしろ、病気は実際持っているけれど、積極
に暮らしている、人の面倒を見ている、何か仕事をしている、こういう人たちは健
康なんですよ。だから、病気であるかないかということと、健康であるかないかとい
うことは、話が別なんですよ。

では、ご自身の健康の秘訣は何でしょう?

 やはり、プラスでしか考えないことです。まだ何かできるんじゃないか、と。私は
肝臓を患っていて、その病気と付き合っています。でも病気ではない部分はちゃんと
動いていますから、それを使っているわけです。病院には一人ひとりにカルテがある
でしょう、それぞれものすごく違いますからね。私の場合、精密に取ってくれと。そ
れは、私が生きる生きないの問題ではなくて、後に役に立つはずだから、十分に役立
ててくれと。
 だから、私はそういう患者としての楽しみを持っているわけです。来たばかりの研
修医たちにも私の体を使って治療をさせているのですが、彼らが腕を上げていくのを
見るのも楽しみのひとつです。
 医学を修め、医者として働いた者にとっても、自分自身が患者になるのは、全く新
しい体験です。病気(アラ)との付き合い方の研修を工夫する
 健康科学センター紋章
ことになります。その一方で、私はタカラ探しにいそしんで
います。生物たちの、しなやかで、したたかな暮らしぶりに
は、いつも科学者として感服していました。
 タカラは増やせるものです。毎日、毎日、自分に何が使え
るか、何が駄目かを、見極めながら、過ごしています。 
 1日終わると、毎晩往生。翌朝は毎朝誕生の心境です。人
生が毎日増えていくんですね。