医療情報室レポート
No.227

2018年11月30日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特 集 : 外国人医療の諸問題  

 
 近年、日本を観光などで訪れる外国人旅行者の数は増え続け、今年は3000万人を突破すると見込まれているが、国は観光先進国の実現に向けて、2030年までに年間6000万人の外国人旅行者を呼び込む目標を掲げている。また政府は、少子高齢化や深刻な人手不足を背景に外国人労働者の受け入れ拡大に向けた動きを見せており、今後、日本国内における外国人の数はますます増えるものと予想される。
 しかし一方では、昨今、外国人による公的医療保険の不正利用等が疑われる問題が表面化しているほか、医療現場においては、外国人患者との言語コミュニケーションや医療費に関するトラブルが顕在化しており、国や日本医師会は、複数の外国人観光客等に対する医療プロジェクトチームや検討会を立ち上げ対策を急いでいる。
 今回の医療情報室レポートでは、厚生労働省の調査結果等をもとに外国人医療の諸問題を整理し、医療現場における対応の現状や国の動向などを確認してみたい。

●医療現場における外国人患者への対応状況とトラブル事例


 厚生労働省は、「医療機関における外国人旅行者及び在留外国人受入れ体制等の実態調査」を全国の救急告示病院や、訪日外国人旅行者受入医療機関など3,761医療機関に実施し、昨年8月に調査結果をホームページ上で公開している。本調査によれば、2015年度の一年間で80%近くの病院が外国人患者を外来で受け入れている一方、85%の病院が医療通訳を配置していないとの結果が示されており、外国人の医療ニーズに対し医療機関側の受入れ体制が不十分である状況が浮き彫りになっている。外国人患者とのトラブル事例の項目で、「訴訟に発展した・する可能性があったトラブル」が1.3%あったとの結果を踏まえると、外国人医療に対する医療現場の体制づくりは急務の課題であるといえる。なお、本調査は、医療通訳の配置状況や自由診療の医療費価格の設定、外国人患者への対応方針など多岐の項目にわたるため、ここでは、基本的な結果のみ取り上げた。調査結果の詳細については、下記厚生労働省のホームページを参照されたい。

   【厚生労働省ホームページURL】
    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000173227.pdf

 
 

●公的医療保険制度の不正利用が疑われる様々な事例

○日本国内に居住しない被扶養者による健保の利用  
     会社員が加入する健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)は本人と3親等までの被扶養者に適用される。日本の企業に勤務する外国人もこれらの健康保険に加入しているが、現行法には被扶養者の国内居住要件がないため、海外の親族らが母国や日本で医療を受けて健保を利用するといったケースが生じている。このため、厚労省は健康保険法を改正し、国内居住要件の追加など適用条件を厳格化する方針を示している。
○留学ビザ等の不正取得による「高額療養費制度」等の利用
 外国人が留学や企業経営の目的で来日し3カ月以上滞在する場合は国民健康保険への加入が義務づけられているが、昨今、この制度を逆手にとって留学等の在留資格を不正に取得し、3割の自己負担で保険診療を受けたり、「高額療養費制度」を利用するケースが指摘されているとして、厚労省などが調査に乗り出している。
○健康保険証を利用した「なりすまし受診」の問題
 自民党の「在留外国人に係る医療ワーキンググループ」が、今年8月に自治体の関係者等に行ったヒアリングの中で、不法滞在していたベトナム人女性が、日本在住の妹の国民健康保険証を利用してエイズウイルス(HIV)の治療を2年間受け続けていた実例が報告されるなど、昨今、健康保険証を悪用した「なりすまし受診」の問題が指摘されている。
 なお今月中旬、外国人の医療機関受診時に、在留カードなど顔写真付き身分証の提示を求める方針が固められたとの報道があったが、根本匠厚生労働相は20日に会見を行い、「そのような方針を固めた事実はない」と一部の報道を否定したうえで、なりすまし受診には厳正に対処するとの見解を示している。
 

●外国人医療をめぐる各県の取り組みと事例報告

 日本医師会が今年7月4日に開催した「第1回外国人医療対策会議」では、外国人医療をめぐる各県の取り組みと事例報告があったが、ここでは、福岡県の取り組みも併せて、以下のとおり要約して紹介する。

北海道 患者の主な国籍は上位より中国、韓国、台湾、アメリカ。7割の医療機関で、言葉が通じない、マナーが悪い、旅行保険の未加入等に困っている。外国語対応医療コーディネーターが必要と考えるが、外国人患者数の季節変動が大きいため通年雇用が難しい状況。
千葉県 成田空港からの外国人患者増加に対応するため、成田赤十字病院では2017年4月に国際診療科・国際救援部開設準備室を開設。9割以上の患者に英語で対応しているが、対応できない言語に対しては電話医療通訳とタブレットを利用している。外国人患者のほとんどが成田空港からの受診で、日本に滞在する予定のないトランジットの旅行者や急病のため緊急着陸した患者が搬送されることもある。事前に支払い方法を確認することも困難で、2017年度の同院の外国人患者の未収金は136 件、金額にして1,145 万円(1点10円)に上る。無保険の重症患者が、治療費の安い母国に帰り加療したい希望があったが、帰路で病態が悪化する可能性があり、中途半端な状態で帰国させることに医師として忸怩たる想いもある。事前の旅行保険加入を積極的に勧めてほしい。
東京都 都内宿泊者の85%がアジア系外国人。軽症重症にかかわらず大学病院や救急病院を受診するため本来対応すべき救急医療に支障を来している。都では外国人向け医療機関(薬局、歯科、助産院含む)検索サービス「ひまわり」を運用。医療機関向けには救急通訳サービスを開始、定期的に外国人患者対応支援研修会も行うなど実践的な研修を行っている。
愛知県 県や市町村の負担金、財団助成金により、医療通訳者派遣、電話通訳、紹介状等翻訳業務、外国人対応マニュアル作成を行う「あいち医療通訳システム推進協議会(AiMIS)」を運営、129の医療機関が登録している。医療通訳者派遣は3日前までの予約としているが、対応可能者がいなければ派遣できないことも。電話通訳は24時間365日対応だが、平日の午前中に依頼が集中すると電話がつながりにくいこともある。AiMISの利用料は医療機関と外国人患者の折半だが、患者に請求していない医療機関も多い。外国人診療の負担が初診料や再診料に反映されない限り、医療通訳の利用は難しいのが実状。
福岡県 外国人向け医療環境を整備するため「福岡アジア医療サポートセンター」を県と市が共同で運営。電話通訳と医療に関する案内サービスを集約した24時間365日対応の「外国語対応コールセンター」を開設しており15言語に対応している。同時に、医療通訳ボランティアの派遣事業も行っており、英語、中国語、韓国語、タイ語、ベトナム語の5言語に対応している。いずれも利用料は無料。
沖縄県 県内27救急告示病院への調査によれば、緊急受診重症患者の未収金や言語対応による他の診療の妨げの増加、長引く治療によるビザ延長や予期せぬ出産による子どものパスポート申請など多様な問題が生じている。また医療機関単独では対応困難な、相手国への搬送手配、死亡事案での遺体の取扱いや搬送、領事館とのやりとりなども発生。未収金は5病院で21件あり、急性大動脈解離で約500万円、脳梗塞で約260万円という事例も見られた。2017年8月に、沖縄県外国人観光客医療費問題対策協議会を設置し、未収金が生じた医療機関に対し1件当たり200万円を上限に補助する仕組みを提供。さらに2018年4月からは、沖縄県の予算で24時間365日対応の電話医療通訳を開設している。

●医療現場の適切な対応に向けた今後の取り組み

 政府の健康・医療戦略推進本部「訪日外国人に対する適切な医療等の確保に関するワーキンググループ」は、今年6月に総合対策を策定し、入国前、入国時、日本滞在時に分けたそれぞれの段階における具体的取り組みを示している。日本滞在時の取り組みについては、医療現場での適切な対応に向けた具体的取り組みが記されているが(右表)、特に殆どの医療機関において外国人医療に係るマニュアル等が整備されてないことから、今年度中に医療機関向けマニュアルが作成されることとなっている。
・医療機関マニュアルの整備
・訪日外国人に対する保険加入の勧奨促進
・医療機関のキャッシュレス化の推進
・医療コーディネーターの養成
・外国人患者への「応召義務」の考え方の整理
・医療費の不払い歴がある人物の入国審査の厳格化
・行政、医療機関、消防、旅行業者、宿泊業者等が連携
 する地域「対策協議会」の設置  

医療情報室の目

 ★日本の医療への信頼を損なわないような制度の実現を

 近年、訪日外国人の増加に伴い医療機関を受診する外国人は増えており、受け入れの課題は、特定の地域の医療機関に限った話ではなくなりつつある。
 外国人医療で最も大きな障壁は、言語の違いによる意思疎通の問題とされるが、そこには文化や思想、母国と日本の医療制度の違いなど様々な要因が複雑に絡み合っている。突如、医療機関を訪れた外国人患者に、初診受付から問診票の記入方法、外国語での診断書の発行、会計、薬局の案内といった一連の対応について、誤解やトラブルが生じないよう終始させるためには、通常の数倍の時間と労力を要することは言うまでもない。医療通訳の利用も一つの策ではあるが、そもそも外国人が少ない地域では、通訳者の人員や質の担保が課題であるし、そのための予算や体制を確保していない医療機関がほとんどであろう。
 未収金の問題に関しては、医療費の事前支払いやクレジットカード払いのシステム導入等が一定の効果を上げるとされているが、クレジットカード決済手数料負担の問題がある。また、「応召義務」は外国人患者にも適用されるため、医療費が用意できないと言われたとしても、診療を求められれば医師としてはこれを拒むことはできない。
 いずれにしても、これらの問題は個々の医療機関や地域での対応には限界があり、国を挙げた体制づくりが不可欠であるといえよう。
 外国人医療の問題は、医療側だけではなく、医療を必要とする外国人当事者にも大きな不利益をもたらしかねない。国は、地域や経済の活性化に向けてさらなる外国人観光客の増加や外国人労働者の受け入れ拡大を目指すという以上は、日本の医療への信頼が損なわれないよう、十分な財源の確保と制度の実現を図ってもらいたい。

編集  福岡市医師会:担当理事 庄司 哲也(情報企画担当)・清松 由美(広報担当)・松浦 弘(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。
(事務局担当 情報企画課 大西)
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