医療情報室レポート
No.218

2017年7月31日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特集:医師の「働き方改革」はどうあるべきか

  近年、長時間労働に起因する過労死や自殺が社会問題となる中、政府の「働き方改革実現会議」は、今年3月に時間外労働の上限規制などを盛り込んだ「働き方改革実行計画」をまとめ、残業時間の規制等を含む新たな労働基準改正法が2019年度から施行される見込みである。
 一方、“医師”については、医師法に基づく応召義務との整合性等を整理する必要があることから、時間外労働の規制適用を5年間見送り、2年後をめどに結論を得ることとなったが、医療現場の特殊性などを踏まえると解決すべき課題は多い。
 今回の医療情報室レポートでは、医師の勤務実態や働き方改革をめぐる動向などを示し、働き方改革は医療界にどのような影響を及ぼすのか考えてみた。

●厚労省調査に見る医師の長時間勤務の実態

○若手医師を中心とする過重労働や超過勤務の実態が浮き彫りに  

 厚生労働省は、昨年12月、全国の医師約10万人を対象に「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」を行い、約1万2千名からの回答をもとにその結果を公表した。
 1週間の平均勤務時間をみると、特に20代では男性、女性ともに50時間を超えており、労働基準法の週40時間を大幅に上回っていることがわかる。さらにこれに当直や緊急の呼び出しに備えたオンコールが加わっており、医師の過酷な長時間労働の実態が示されているといえる。
 また、総務省の2012年「就業構造基本調査」においても、週労働時間60時間以上の雇用者割合は、医師が41.8%と全業種の中で最も高くなっている。
 一方、開業医については、地域包括ケアシステムの構築や在宅医療への移行が進む中で、かかりつけ医機能を強化し、24時間患者対応を促すような仕組みが作られているが、今後、開業医についても昼夜を問わない診療体制が求められることとなり、心身両面の負担がますます大きくなると思われる。
 

●働き方改革をめぐる動向

 ○罰則付き時間外労働規制 −医師は5年適用見送り−

 政府が3月にまとめた働き方改革実行計画では、9つのテーマについて方向性が示されているが、その中でも大きな柱として位置づけられているのが『長時間労働の是正』である。現在の労働基準法では、「36協定」を結べば月45時間、年間360時間までの時間外労働が可能となっているが、改正法では、この上限を超えた場合に罰則を科すこととし、特例の場合についても、年720時間までとする具体的な上限時間が定められた。一方、医師については、時間外労働規制の対象となるものの、医療の特殊性を鑑み、規制の適用が5年間見送られることとなった。なお、医師以外の看護師などは、会社員と同様に改正法の施行日から残業規制の対象となる見込みである。

○医師・看護師等の勤務環境改善に向けた提言

 今年4月、厚生労働省の「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」が報告書をまとめた。同報告書では、短時間労働や時差勤務の導入といった勤務体系の見直しや、偏在是正を目的とした外来医療の提供体制の最適化など様々な具体的提言を示している。さらに、現状は医師にしか認められていない医療行為の一部を、看護師など他の専門職に 移管・分担するタスク・シフティング(業務の移管)やタスク・シェアリング(業務の共同化)の必要性等についても言及しているが、日本医師会は、 医療従事者の業務の生産性向上、従事者間の業務分担と協働の最適化の重要性は当然としながらも、その具体策として示されたタスク・シフティング、タスク・シェアリングについては、医療安全や医療の質の担保という観点から、十分かつ慎重な議論が必要と考えている。

<厚生労働省「医師・看護師等の働き方ビジョン検討会ホームページ」>
  http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000160954.html
 

●医師の労働規制を巡るいくつかの論点

 論 点  地域医療への影響
 医師法第19条『応召義務』との整合性  医師法第19条では、『医師は「正当な事由」がない限り、患者の診療の求めに応じなければならない』という“応召義務”が定められており、もし、現状のまま長時間労働を厳格に規制してしまうと、同条の「診療を拒絶する正当な事由」の1つに該当する可能性がある。
 なお、この応召義務については、あくまで医師個人に対するものとの考え方、また逆に、医療機関もしくは地域全体で医療を提供することで、応召義務の責務は果たされているなど様々な考え方がある。
 いずれにしても、「働き方改革実行計画」との整合性を図るためには、今後、十分な議論を重ねていく必要があるだろう。
残業の上限規制により、応召義務が果たせなくなる恐れがある
 医師の増員対策  医師の残業時間に上限規制が設けられた場合、多くの医療機関で勤務医の増員を迫られ、人件費が増加することなどが考えられるが、厳しい経営に晒され人件費を捻出できない医療機関では、診療体制の縮小等も視野に含めざるを得ない。最近では、労働基準監督署から長時間労働の是正を指導された聖路加国際病院(東京都)が、土曜日の外来の診療科目を34から14と大幅に縮小するといった事例も生じている。
 また、休日や夜間にあっては、大学の医局や病院からの医師派遣に頼っている「急患診療センター」にも大きな影響が及ぶ可能性がある。
患者の受診機会の減少や医療の質の低下が生じる
 当直や学会準備など、どこまでが「労働」なのか  宿直・当直における「待機時間」や、学会・研修会参加などの「自己研鑽」、また、診察に関連する患者の症状や疾病に対する調査など、どこまでを労働と見なすのかという判断基準は労働基準監督署によってまちまちといわれており、現状では「医師の労働」の範囲自体が明確ではない。 公平性が保てず混乱が生じる

●日本医師会における「勤務医の健康支援」に関する取り組み

 日本医師会では、平成20年から「勤務医の健康支援に関する検討委員会」を設置し、勤務医の過重労働問題について検討を行っている。平成21年には日医会員である勤務医1万人を対象に行ったアンケート調査の結果を踏まえて「勤務医の健康を守る病院7カ条」というリーフレット等を作成している。平成25年には「医師の健康支援をめざして勤務医の労務管理に関する分析・改善ツール」を作成し、平成26・27年度の同委員会での答申では、「勤務医の健康支援のための15のアクション」を医療機関が行うべきと提言しているなど、勤務医の健康確保のための取り組みを以前から行っている。
 働き方改革が議論されている中、地域医療に混乱を生じさせることなく、質の高い医療提供体制の維持と医師自身の健康確保を両立するような制度を検討することを目的として、「医師の働き方検討委員会(プロジェクト)」を設置し、今年6月に第1回目を開催している。
 

医療情報室の目

★医師の働き方改革には、国民一人ひとりの協力も不可欠である。

 
公平性、アクセス、質、どれをとっても素晴らしいこの国の医療は、長きにわたる先人の医師達の崇高な志や倫理感、自己犠牲を厭わない医療により築かれたといっても過言ではない。しかし近年、過酷な労働やリスクの高い労働を避け、出世よりも自分の価値観に合った心地良い暮らしを選択する若者が増加する中、医療の分野でも、リスクを避け、専門性を高め、スマートに医療に携わり、ゆとりのある暮らしを望む若手医師が増えている。
 このような中、先日、日医の横倉会長が「医師が労働者なのかと言われると違和感がある。」と発言したことについて、ネット上で一部の医師達から異論の声があがったが、これに対し横倉会長は、「人の命を助けるために医療を続けてきた者として、医療は労働なのかと言われれば、『一般の労働とは違う』というのが素直な気持ちだ。」と、あるインタビューの中で真意を語っている。もちろん医療も一つの“労働”ではあるが、それだけでは言い表すことのできない義務や使命、法律に規定された指導的職務といった多様な役割を担っており、これらすべてに職業的、法的責任を負っている。横倉会長の発言の意図も、このようなところにあるのではないだろうか。
 ただ、急速な高齢化に伴う医療需要の高まりや、目覚ましいICTの進展などを踏まえると、医療提供及び医療従事者の在り方について、大きな変化が迫られていることも確かである。
 今後2年をめどに、医師に対する残業規制や労働時間の短縮策について結論を得るとされているが、検討にあたっては、医療水準を下げることなく、医師の心身の健康やモチベーションが維持されるような制度設計がなされることを強く期待したい。そして、何よりも医療現場の疲弊を食い止めるためには、いわゆるコンビニ受診や救急車の不適正利用などを減らすよう、国民一人ひとりの適切な受療行動が求められていることについても、いま一度、理解を求めていかなければならないだろう。

編 集  福岡市医師会:担当理事 庄司 哲也(情報企画担当)・岡本 育(広報担当)・一宮 仁(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡ください。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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