医療情報室レポート
No.205

2015年9月25日発行
福岡市医師会医療情報室
TEL852-1505・FAX852-1510
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特集:いよいよ始まる『医療事故調査制度』

 昨年6月の医療法の一部改正を受け、長年議論されてきた「医療事故調査制度」が今年10月から施行される。本制度は、国内に約18万施設あるすべての病院、診療所、助産所に対し、診療行為に関連して患者が「予期せず死亡」した場合、第三者機関である『医療事故調査・支援センター』に届け出たうえで、院内調査を実施し報告することを義務付けるものである。本制度は、医療機関が自ら医療事故であるか否かを判断して調査し、医療の安全確保を図る仕組みであり、医療機関の責務は重い。
 今回の医療情報室レポートでは、医療事故調査制度の全体像を概観し、制度運用における院内調査の進め方や調査報告書作成のポイントなどについてまとめてみた。

●『医療事故調査制度』施行の背景

 1999年、横浜市立大学附属病院、都立広尾病院で発生した医療事故で複数の医師や看護師が刑事責任を問われ、2004年に起きた福島県立大野病院事件では、死亡した患者の執刀医が業務上過失致死罪および医師法21条違反で逮捕された。そうした状況の下医療界では司法の医療現場への介入が萎縮医療などを招くことが問題視され、医療を理解した専門家らによる公正・中立な調査制度を求める声が高まった。このような背景から、2005年に厚生労働省が制度の検討とともにモデル事業を開始し、紆余曲折を経て2014年6月の医療法改正により法案が成立し、今年10月より制度が開始されることとなった。

         

●医療機関の責務と制度の仕組み

 今回の医療事故調査制度は、個人の責任追及ではなく、あくまでも医療事故の“再発防止”を図ることを目的としており、医療機関には、適切な院内調査の実施と調査報告書の作成が求められていることを留意する必要がある。不幸にして、医療機関で『予期せぬ死亡事故』が発生した場合、医療機関は、遺族に制度の概要や院内調査計画などを説明し、第三者機関である『医療事故調査・支援センター(以下、センター)』へ書面又はインターネットにより遅延なく報告しなければならない。その後、院内調査に取り掛かることになるが、その際に支援団体(都道府県医師会等)に外部委員の斡旋など必要な支援を求めることができる。最終的に、院内調査の結果は、遺族にも説明することとなるが、医療機関や遺族からの求めによりセンターによる再調査が行われる場合がある。

         

●報告すべき医療事故の定義と「予期せぬ死亡事故」の判断

  医療事故調査制度の報告対象となる事例かどうかを判断するのは施設の管理者(院長)である。省令では、報告すべき対象を医療に起因する死亡・死産で“予期しなかったもの”(表1)と定義しており、例えば自殺や偶発的に生じた併発症などの死亡は対象としていない。(表2)
 なお、管理者が「予期しなかった」と判断するためには、以下の3項目のいずれにも該当しないこととされている。判断にあたっては、当該医療事故に関わった医療従事者などから十分事情を聴取したうえで、組織として判断しなければならない。
         

●『院内調査』の流れと留意点

  
○“システムエラー”に着目した原因追及が要
 
今回の医療事故調査制度では、事故を起こした個人の責任追及ではなく、あくまでも“再発防止”に繋げることが目的であると通知の中で繰り返し強調されている。事情聴取や院内調査に取り掛かる際は、医療事故に関する正しい情報が得られるよう、調査の対象となる当事者に責任追及が目的ではないことを明確に伝えるとともに、ヒューマンエラーではなく“システムエラー”に着目した調査を進めることが重要。

○遺族への説明のあり方と「調査報告書」作成の留意点
 
院内調査の結果については、口頭または書面により、遺族が希望する方法で説明することとされているが、事故調査制度の検討では、センターに提出する「調査報告書」を遺族へ渡すかどうかが大きな論点となった。最終的には、この点については医療機関の努力義務となったが、遺族側からの要求に反し報告書を渡さなかった場合、不信感を生み訴訟に繋がるのではないかと指摘する声もある。
 日本病院会が行った実態調査では、7割以上の病院が「調査報告書を渡すべき」と回答しているが、それだけに、調査報告書の作成にあたっては、個人の責任追及に陥ることなく客観的な視点で、臨床経過などの論旨をまとめることなどに留意する必要がある。
 
 ○院内調査に係る費用と「医療事故調査費用保険」
 
院内調査に係る費用は全て医療機関の負担となるが、日本医師会は、調査1件あたり80万〜200万円程度の費用が生じると試算している。日医では、A1会員のすべての診療所と99床以下の病院を対象に、特別な手続きなしで契約期間中500万円までを補償する「医療事故調査費用保険」を用意している。
 ○「医療事故調査等支援団体」の活用
 
院内調査を行う際は、都道府県医師会や病院団体等で組織される「医療事故調査等支援団体」の支援を受けることがが望ましい。特に、中小規模の医療機関にとっては、支援団体による外部調査委員の斡旋、解剖や死亡時画像診断における施設の提供などが必要になると予想される。
 なお、福岡県医師会では、2012年より独自のモデル事業として、院内事故調査員会の設置や報告書の作成支援などを行う「診療行為に関連した死亡の調査分析事業」を先行的に実施しており、これまで10例の報告書を作成した実績がある。
 
  
  医療事故調査制度では、万一事故が生じた場合に医療機関での迅速かつ適切な対応が重要となるが、省令・通知だけでは全体を把握しづらい。現在、全日本病院協会等により簡明で具体的なガイドラインがホームページ上で示されているので参考にされたい。
  ・全日本病院協会「医療事故調査制度に係る指針」  [URL] http://www.ajha.or.jp/
  ・日本医療法人協会「医療事故調ガイドライン最終報告書」  [URL] http://ajhc.or.jp/
  ・厚生労働省「医療事故調査制度」について  [URL] http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061201.html 
                  

●『医療事故調査制度』と『医師法21条』

異状死体等の届出を規定する「医師法21条」を巡っては、その内容が曖昧であることなどから解釈が歪められ、医療事故の刑事捜査の入り口に利用されるなど、長年に亘って医療現場を翻弄してきた。今回の医療事故調査制度では、この医師法21条に関しては議論の対象外だったが、本制度の創設を踏まえ、2016年6月までに医師法21条の規定を見直すことなどが挙げられている。(医療介護総合確保推進法附則第2条第2項)しかし、遺族が医療機関の対応に不満を持ち訴訟を起こした場合は、医療現場へ警察が介入する可能性はなお否定できないため、遺族への対応については、できる限り緊張関係を生じさせないよう配慮することが重要である。
 

医療情報室の目

★医療界の真摯な姿勢と対応が問われている
 
いよいよ10月から医療事故調査制度が始まる。長年の議論の末ようやく開始される本制度であるが、報告対象となる「予期せぬ死亡事故」の判断や遺族への対応など医療機関の責任は重い。しかし医療は、そもそも医療提供者と患者・家族との相互の信頼関係のもとに成り立っており、不幸にして医療事故が起こってしまった時には、我々は遺族への対応を第一と考え、真摯な姿勢で納得のいく説明責任を果たし信頼関係を損なわないよう終始努めなければならない。
 一方、今回の制度で創設された第三者機関「医療事故調査・支援センター」及び「医療事故調査等支援団体」は、いずれも医療界や医学会を中心とした組織であり、医学的な視点に立った自律的な取り組みが期待されているが、それ故に医療界に課せられた責任は重いことを自覚しなければならない。 
 そのためには、医療界、医師会、医療従事者が一丸となって真摯な姿勢で本制度の運用に取り組み、医療側・患者側の双方にとって有用な制度に育てていく必要がある。

編 集  福岡市医師会:担当理事 今任 信彦(情報企画担当)・松尾 圭三(広報担当)・西 秀博(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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