医療情報室レポート
No.202

2015年3月27日発行
福岡市医師会医療情報室
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特集:医療費の地域格差を考える

 国民の医療・介護に要する費用の総額である「国民医療費」、「介護費」は我が国の急速な少子高齢化を背景に年々膨張を続けている。昨年10月に厚生労働省が発表した「国民医療費の概況」によれば、2012年度の我が国の国民医療費の総額は39兆円を超えており、一年間の一人当たり医療費は30万7,500円、75歳以上では89万2,100円となっている。国は膨張を続ける医療費の削減・適正化のために様々な施策を講じているが、しばしば議論の俎上にあげられるのが「医療費の地域格差」である。特に、75歳以上医療費が全国で最も高い福岡県は、以前から医療費が低いといわれている長野県を引き合いに「1.5倍もの格差がある」と指摘されることが多いが、その要因はどこにあるのだろうか。
 今回の医療情報室レポートでは、特に医療費全体にインパクトを及ぼす高齢者医療費に焦点を当て、いくつかの研究分析や論文を参考に医療費の地域格差の要因を考えてみたい。

●国民医療費と地域格差の現状

○医療費(国民医療費)について 
「医療費」は、国民の保険診療の治療(医科、歯科診療、薬の調剤など)にかかった費用。患者が支払う窓口負担金だけではなく、健康保険組合等からの給付分も含まれる。ただし、入院時の差額ベッド代や健診・予防接種などの保険診療外費用は含まれない。厚生労働省の直近の公表によれば、国民一人当たりの年間医療費は30.7万円、75歳以上では89.2万円となっており、医療費の大半は高齢者に費やされていることが分かる。なお、一般に「国民医療費」という場合は、国全体の年間医療費の合計を表すことが多い。

○『一人当たり医療費』の地域格差の現状
医療費の地域格差は、高齢者の割合に大きく左右されるため地域間の格差にばらつきが生じてしまう。そのため、厚生労働省は地域差指数を用いて各地域の世代構成が等しくなるように補正し、医療費の地域差分析を公表しているが、それでもなお地域間には大きな開きがある。
右図は、厚生労働省の平成24年度の統計に基づき、都道府県別に後期高齢者一人当たり医療費の高低を示したものである。北海道のほか、中国、四国、九州地方など西日本エリアの医療費は全国平均より高く、東北、関東、中部地方では低くなっており、このような“西高東低”という構造が長年に亘って続いている。


  

●なぜ医療費の地域格差が生じるのか?

医療費の大半は入院医療費が占めていることから、医療費の地域格差は、病床数や平均在院日数などの医療供給力と強い相関性があるといわれているが、その他の指標として、県民所得、高齢者独居率や就業率などといった「経済指標」や「社会指標」が織り込まれることもある。ここでは、これらの指標の一部について、医療費の地域格差との関連性を確認してみたい。

○医療費の地域格差と「病床数」の関係
右図は、都道府県別の人口10万対病院病床数と、一人当たり医療費の上位・下位5地域を照らし合わせた図である。
一人当たり医療費が高い地域については、大阪府以外は病床数が大きく突出していることがわかる。また一人当たり医療費が低い地域では、病床数が全国平均並かそれを下回っている。
病床数のグラフを全体的に眺めてみると、ほぼ西高東低の構造になっており、一人当たり医療費との相関性が高いことがうかがえる。



○「医療費」が高い県は「介護費」も高いのか?
介護サービスの中心である施設介護は、介護保険が始まる以前は、療養型病床群など医療機関が提供していた機能であるため、介護保険の導入当初は、医療機関が多い県ほど介護費も高い傾向にあるとされていたが、昨今では、一人当たり医療費の低さを介護費が補っているのではないかとの見方もある。
 そこで、平成24年度のデータをもとに、一人当たり高齢者医療費と介護費の都道府県別データを比較してみたところ、医療費と介護費の高低が相反している県が多数確認できる。また、医療費が突出して高い福岡県については介護費はほぼ全国平均並となっている。これらのことから、医療費が低い地域では、その分を一定程度介護費がカバーしているとの見方もできるのかもしれない。

○その他考えられる地域特性と要因

・高齢者の就業率  
 次項で触れる長野県は、医療費が低く高齢者の農業就業率が最も高い。高齢者就業率の向上が生きがいを生み出し医療費の抑制に繋がるといわれることがあるが、日医総研の前田由美子氏は平成14年に公表したワーキングペーパーの中で、低医療費の長野県では高齢者の就業率が高いというだけの話であって、一人当たり医療費との間に相関性は全くないと指摘している。単に就業率の高さということよりも、自営か雇われかといった就労の形や質の影響を議論すべきではないだろうか。

・一人暮らし高齢者の影響
 単純に、一人当たり医療費の上位・下位5県について高齢者単身者世帯率を確認したところ、全国平均を境に見事に分かれており相関性があると考えられる(図1)。高齢者の一人暮らしでは、QOL(生活の質)の低下などが、受療や入院に結びつきやすい結果といえるのではないだろうか。

県民所得
 経済的理由による受診抑制が、医療費の地域格差に繋がっている可能性を確認するため、単純に一人当たり医療費の上位・下位5県について県民の平均年間所得を確認してみた。しかし、医療費と県民所得の高低には明らかにばらつきがあり、相関性はあまりないものと思われる。
                         

●低医療費の長野県の特徴と現状

長野県は、長年にわたり一人当たり医療費が低い地域として知られているが、昭和40年時点では脳卒中の死亡率が全国1位で、平均寿命は男性が9位、女性が26位とそれほど高くはなかった。しかし、この状況の改善のため、保健補導員制度※といった長野県独自の健康増進施策を実施してきた結果、平均寿命が平成22年には男女共に全国1位となり、「低医療費で長寿」の地域として全国の模範とされるようになった。右図のとおり、長野県は確かに医療施設数や病床数が福岡県に比べ非常に少ない。このような医療過疎地ともいえる環境下で、長野県が健康長寿の実現に向けて果たしてきた役割は大きいが、地域住民の立場からすれば本当に望ましいことなのだろうか。身近に医療機関がないから受診を諦めてしまう。低医療費地域には、そのような潜在的需要が隠されているのかもしれない。


※保健補導員制度  Column 予防や健康増進の取り組みで医療費が増加する??
 長野県独自の取り組みで、主に主婦などの県民が、地域での健康に 関する啓発等を行っている。昭和33年頃から全県的に実施されており、年間1万人を 超える県民が保健補導員として活動。任期は2年となっており、これまでに24万人が補導員を経験しているといわれている。  予防や健康増進への取り組みが医療費の抑制に繋がると一般には考えられがちだ。しかし、医療政策に詳しい日本福祉大学学長の二木立氏は自身のレポート※の中で、予防や健康増進活動による医療費節減効果はほとんど確認されていないことなどを指摘している。また二木氏は、米国で行われた禁煙プログラムのシミュレーション調査研究を例に上げ、同研究では禁煙による短期的な医療費節減の効果は確認されたものの、寿命が延びた分だけ生涯医療費は増加し、短期的な医療費節減効果は相殺されることが示されていると紹介しており、さらに国内の同様の調査では、非喫煙群、禁煙治療群の方が生涯医療費が高くなったという興味深い研究結果が示されたことにも触れている。  
(※二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻122号))

 

医療情報室の目

★地域の特性に配慮した適正な議論と住民視線の医療計画策定を
  
  1985年の第1次医療法改正による病床規制で、医療機関は自由に病床を増やすことができなくなった。医療費の地域格差は、その規制前に起きたいわゆる「駆け込み増床」の影響を引きずったものだと指摘されたりもするが、そればかりが原因とはいえないだろう。例えば福岡県では、病床規制が施行される以前から、結核死亡率が非常に高かったという医療事情や、大量の炭鉱失業者の発生に伴う生活保護の増加や精神病床の拡大といった社会的な背景が存在しており、その時折々の歴史的な事情が含まれているということを忘れてはならない。逆に、低医療費で長寿とされる長野県のように医療資源が少ない地域では、医療機関にかかりたくてもかかれないという潜在的な需要が隠されているのではとの疑問が残る。少なくとも、医療費の地域格差に関しては、医療の供給力だけではなく、地理的特性や交通インフラといった社会構造、ひいては住民の歴史的価値観など様々な要因が複雑に絡み合っている。これらのことを踏まえると、単に医療費や医療資源の抑制を目指せば良いという問題ではなく、その地域の特性に見合った医療費の適正な基準を見極めていくことのほうが重要ではないだろうか。 
  今月、いよいよ国から「地域医療構想策定ガイドライン」が示され、各都道府県による医療供給体制の効率化に向けた各々の医療計画策定が動き出す。国の指針にばかり目を奪われることなく、地域の特性に配慮しながら住民の立場に立ち、給付と負担という重要な観点も忘れない医療計画の策定が期待される。

編 集  福岡市医師会:担当理事 今任 信彦(情報企画担当)・松尾 圭三(広報担当)・西 秀博(地域医療担当)
 ※ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
(事務局担当 情報企画課 柚木(ユノキ))
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