医療情報室レポート
 

bP80
 

2013年4月26日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : TPPと日本の医療の行方

 3月15日に安倍首相がTPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉参加を正式表明して以降、TPPをめぐる関係国の動きは急展開を見せた。この1ヵ月余りの間に、日本は最終的な了承が得られていなかった交渉参加5ヵ国との調整を済ませ、今月20日にインドネシア・スラバヤで開かれた閣僚会合で全ての参加国から日本のTPP参加が認められたことを受け、7月下旬の交渉会合から合流する見通しとなっている。一方、TPPによる医療への影響に関しては、安倍首相は「国民皆保険制度を含む国柄を断固守る」としているものの、これまで米国が日本に対し、繰り返し医療制度の規制緩和を迫ってきた経緯などを踏まえれば、決して楽観できるものとはいえず、今後の動向を注視しなくてはならない。
 今回のレポートでは、TPPをめぐるこれまでの経緯を振り返るとともに、改めて医療にもたらす影響等についてまとめてみた。


TPP、これまでの経緯と今後の見通し
 TPPは、もともとは2006年5月にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4ヵ国で発効されたP4協定(環太平洋戦略的経済連携協定)が源(原協定)とされている。その後、アジア太平洋地域のより高い貿易の自由化を目標に拡大交渉が始まり、現在11ヵ国が2013年中のTPP締結に向けた交渉を行っており、日本は7月の会合から交渉のテーブルに加わるとみられている。しかし、これまでの議論停滞から一転し、安倍首相の表明から一気にTPP交渉へ参加することとなった日本であるが、最も注目された日米事前協議の内容については日本が大きく譲歩したとの見方が多く、また両国が公表する合意内容に食い違いが見られるなど、今後の展開に大きな不安要素を残している。
(首相官邸:安倍内閣総理大臣記者会見資料(H25.3.15)より)

TPP交渉のこれまでの経緯

各国との事前協議の中身
 4月12日に合意した日米事前協議は、TPPの輪郭において示された包括的で高い水準の協定を達成することを確認するとともに、TPP交渉と並行して、2国間の非関税措置に関する交渉を進めるとなっている。なお、日本が求めていたコメや麦など重要5品目の関税撤廃の例外に関しては、日本政府が発表した合意概要では日本には一定の農産物、米国には一定の工業製品というように、両国ともに貿易上の重要項目が存在しているとしているが、米国政府の発表にはその旨が記載されていないなど、両国の発表内容に食い違いも見られる。また、合意内容には含まれていないが、米国の要求に沿う形で「かんぽ生命の新事業への参入を当面認めないこと」を麻生財務相が表明するなど、事前協議は日本側が譲歩した形になったともいえる。このような交渉条件を示しているのは米国だけではなく、オーストラリアやニュージーランドは全ての品目の関税撤廃、カナダはそれに加え米国と同様に自動車の関税撤廃の先送りを要求している。

日本が求めるTPPにおける聖域
 政府はコメ、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖などの甘味資源作物の5品目を交渉の例外品目である「聖域」とし、関税を維持するとしている。しかし先にも触れたが、日本の交渉参加に難色を示していたオーストラリアやニュージーランドについては、“関税ゼロ”のTPPの原則を日本が了承したとして交渉参加への理解を得たとも言われており、今後、日本の聖域が守られることに疑問を呈する声も多い。


日本医師会の主張
 TPPが国民皆保険制度に及ぼす影響 
 TPPは関税やサービスだけではなく知的財産等もその対象としている。TPPを主導している米国はこれまでにも薬価の引き上げや営利企業による病院経営の解禁を求めてきた経緯があり、今回も同様の要求を求めてくることが考えられる。日本医師会は本年2月27日に「TPP交渉参加判断に対する意見」を発表、TPPの交渉参加によって、

 1)知的財産分野における薬価や医療技術等
 2)金融サービスにおける私的医療保険の拡大
 3)投資分野における株式会社の参入

の3つが対象になれば、国民皆保険の崩壊に繋がると主張している。(詳細は右図「日本の公的医療保険制度で想定されるTPPの悪影響」参照)。また、混合診療の全面解禁、株式会社の医療への参入による医療への影響については、昨年3月14日の定例記者会見「TPP交渉参加についての日本医師会の見解」の中で、「医療を営利産業化することの問題点」として具体例を示し、国民皆保険制度形骸化のシナリオを描いている。

 国民皆保険制度の堅持に向けて
 3月15日には、安倍首相のTPP交渉参加表明を受け、今後のTPP交渉にあたっては、世界に誇る国民皆保険を守るために、

 1)公的な医療給付範囲を将来にわたって維持すること
 2)混合診療を全面解禁しないこと
 3)営利企業(株式会社)を医療機関経営に参入させないこと

の3つの条件が守られることを政府に厳しく求めるとともに、TPPが日本の国益に反すると判断した場合には速やかにTPP交渉から撤退することも選択肢に入れ、全力で外交交渉に当たることを政府に望むとの声明を発表している。


医療分野への影響の推察

 ○ドラッグラグ・デバイスラグは解消する?
 日本では新薬や新しい医療機器が開発された後、その安全性の検証に掛かる時間が諸外国に比べ比較的長いとされている。海外ですでに使われている医薬品や医療機器も、実際に国内で患者の診療に使用できるようになるまでに時間がかかっている。TPPではこれらの検証時間の縮小も求められる公算が高く、(日本の基準に照らし合わせれば)安全性に一抹の不安が残るものの、ドラッグラグ・デバイスラグの解消に繋がるとする声もある。
 ○クロスライセンスにより医療の質が低下する?
 TPPでは、医師免許や看護師免許等を各国相互で一律に有効な資格とするクロスライセンスが生じると言われている。実際、イギリスでは、英連邦諸国やEU内でのクロスライセンスが認められているため、2000年頃には労働環境が比較的良かったカナダ等に多くの医師が流出したとされている。なお、日本においては英語圏ではないこと等から、外国人医師と患者の意思疎通が難しく、外国人医師の流入は限定的との見方もあるが、医療水準の格差による質の低下や一定程度の医師・看護師の流出は避けられないと懸念する声も多い。

<医療情報室の目>
 いよいよ日本もTPPの交渉の場につくことになったが、遅れて参加する日本には協議に費やせる時間は少ない。そのような中、少しでも日本に有利な条件を引き出すために、政府は世界第3位の経済力を背景に強い交渉力で事に当たるとしている。しかし、事前交渉において、最大の障壁であった米国はもちろん、比較的支持が容易に得られると見られていたカナダやオーストラリアからも条件を付されるなど、交渉の難しさが改めて浮き彫りになった形だ。関税撤廃に関しては、TPP参加各国もそれぞれ思惑を抱えている。米国との事前協議で「自動車」という切り札を使い切ってしまった日本は、利害の一致する参加国と共闘して交渉を進めて行かなくてはならないだろう。一方医療に関しては、安倍首相がTPP交渉参加を表明した際に国民皆保険制度を守ると明言したが、これは今後TPP交渉の過程において医療分野の議論が俎上に載ってくる可能性を裏付けているともいえるのではないだろうか。「命あっての物種」ではないが、国民の命と安全を守ることを最優先に交渉に当たってもらいたい。
 TPPが正式に発効するためには最終的に国会の承認が必要であり、交渉の内容如何では参加を取りやめればよいとの声も聞こえる。しかし、一旦多国間の協議に参加し、自国に不利益があるからと参加しないことになれば、日本国としての信用は失墜し、今後世界各国と協定を結ぶことは難しくなると思われる。そのような事態を避けるためにも今こそ政府には交渉力を更に高め、TPPが意義ある協定となるよう交渉を進めることを期待する。 
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   (事務局担当 情報企画課 下田)
担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)


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