医療情報室レポート
 

bP75
 

2012年11月30日 
福岡市医師会医療情報室  
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特 集 : 生活保護制度を考える

 生活保護受給者の増加がとまらない。昨年7月以降、過去最多を記録し続けている生活保護受給者数は、既に213万人を超えており、今年度の生活保護支給額は全体で約3.7兆円にのぼる見通しとなっている。このような背景を踏まえ、今月行われた政府の「新事業仕分け」等において、生活保護制度の抜本的な見直しに着手する方針が固められた。特に生活保護費の約半分を占める「医療扶助」については、症状に応じた受診回数の制限や後発医薬品使用の原則化等の改革案が次期総選挙の政権公約等で示されており、生活保護と密接な関わりがある医療側としても今後の動向が気掛かりなところである。
 一方で今年5月に、人気タレントの母親が生活保護を受給していたとされる問題を契機に、不正受給の現状や生活保護利用者に問題があるかのような報道が繰り返され、過剰ともいえるバッシングが沸き起こったことは記憶に新しい。確かに不正受給自体は決して許される問題ではないが、目下の状況に鑑みれば、生活保護制度の構造、ひいてはわが国の社会保障制度のあり方といった大局的な視点から冷静に論じられるべき問題ではないだろうか。
 今回は生活保護制度の現状や課題を確認し、今後あるべき方向性を考えてみたい。


生活保護制度のあらまし
 生活保護制度は、大量の戦災者や離職者を出した戦後の混乱期における救済措置として、昭和21年に我が国初の公的扶助に関する法律として「旧生活保護法」が制定されたのが始まりである。その後、憲法に規定されている「生存権の保障」や生活困窮者の自立助長を基本原理とすること等が明確化され、昭和25年、現行の「生活保護法」が施行された。
 生活保護費の財源は、国が4分の3、地方自治体が4分の1を賄う。保護の申請受理等は都道府県、市等が設置する福祉事務所が窓口となり、申請者の預貯金、不動産などの資産調査や審査を経て、2週間程度で保護の要否が決定される。保護が決定した受給者には、原則金銭給付(現金支給)による“扶助”が開始されるが、生活保護の扶助の形態は8種類に分けられており、医療扶助・介護扶助については現物給付となっている。特に内訳をみると、医療扶助が47.2%とほぼ半分を占めており、これは、高齢者世帯や傷病・障害者世帯など、元々医療を必要とする受給者が多いためと考えられている。一方で、生活保護では受給者に窓口負担が発生しないことなどから、過度な頻回受診や向精神薬等の重複処方等の問題が従来より指摘されている。
生活保護費負担金実績額の割合(平成22年度)

生活保護の実態と課題

○生活保護受給者数の推移
 現行法がスタートした昭和25年当時、約204万人だった受給者数は相対的に減少傾向にあったが、平成7年(約88万人)を底に増加に転じ、その後、右肩上がりに増え続けている。特に、平成20年秋のリーマンショック以降は増加率が顕著になっているが、これは、当時の雇用情勢の悪化等を背景に、厚労省から「速やかな保護決定」を行うよう各自治体に対し通知が発出されたことを機に、生活保護行政が大きく変化したことによるものとみられている。
 ところで、昨今頻繁に「過去最多」と報じられる生活保護の受給者数だが、どれくらい危機的な状況にあるのだろうか。
 制度が始まった当時の受給者数(約204万人)は現在(約213万人)とほぼ変わらないが、当時の人口は今よりもはるかに少ない。即ち、全人口に対する受給者の割合(保護率)を算出すると、昭和25年当時は2.42%となっているのに対し、現在は1.64%と低値である。また、生活保護水準未満の世帯のうち、実際に生活保護を受給している割合(捕捉率)は、厚労省等の調査では概ね“2〜3割程度”とされている。さらに、これら生活保護の“保護率”、“捕捉率”は、ドイツ、イギリス、フランスなど先進諸外国の公的扶助受給率と比べても際だって低いといわれており、むしろ、日本では生活保護を受給できる水準であるにも拘わらず、救済されていない低所得者が多数いるともいえる。一方で、昨今、就労可能とみられる受給者の増加が問題視され、就労指導の強化が取り沙汰されているが、受給世帯の内訳をみると、高齢者世帯(44%)、障がい者・傷病者世帯(34%)、母子世帯(8%)が全体の8割を占めており、稼働世帯が多いとされる「その他の世帯」は全体の2割に満たないのが実情である。

○生活保護と扶養義務
 冒頭でも触れた人気タレントの母親が生活保護を受給していたとされる問題では、あたかも悪質な不正受給を行っていたかのような印象を与える報道が繰り返されたが、同タレントは、ケースワーカーと相談のうえ一定の仕送りを行っていたとされており、収入に対する金額の妥当性といった問題こそあるものの、不正受給にはあたらないとされている。
 この事例は、現代社会における“扶養のあり方”といった本質的な問題を国民に投げかけたといえる。現行の生活保護法では、「民法上の扶養は保護に優先して行われる」となっており、扶養義務者による扶養は生活保護の前提条件とはされていない。一方で、扶養義務者に多額の収入等がある場合は、保護に必要な費用を徴収できるとの規定があり、その程度については、福祉事務所と扶養義務者の間で調整される。
 しかし我が国の民法上、強い扶養義務が課せられるのは夫婦間、そして未成熟子に対する親だけである。前述のタレントの事例を受け、小宮山前厚生労働大臣は、扶養を生活保護利用の要件とする法改正を検討する考えを示したが、そもそも、現行の生活保護法は、封建的な家族制度(家制度)の衰退を背景に制定されたものであり、扶養義務の強化を図るということは、前近代社会への逆行とも捉えられる。また、実質的な観点から見れば、生活保護受給者の半数近くを高齢者が占めているため、老親を子が扶養しなければならないケースが増え、若年層の負担が今以上に増すことなどが懸念される。格差社会を生み出し生活困窮者を増やした責任が国家にあるとするならば、その代償が国民に転嫁されるというのはいかがなものだろうか。

○不正受給急増の背景
 近年、生活保護自体に厳しい視線が注がれる原因の一つに、“不正受給”の増加がある。厚労省の発表によると平成22年度の不正受給件数は約2万5千件(金額ベースで約129億円)に上るが、受給者全体に占める割合は件数ベースで約2%、金額ベースでは約0.4%にしか満たない。具体的なケースとしては、賃金収入があるのに「無い」と偽って申告したケースや年金の無申告が7割程度を占めており、報道でクローズアップされるような極端に悪質なケースは一部といわれている。なお、不正受給が急増した背景の一つとして、昨今、課税情報の調査が強化されたこと等が要因として上げられており、同年度の1件当たりの不正受給額については過去10年間で最低額となっている。

○生活保護基準と最低賃金の逆転現象
 近年、生活保護世帯の生活扶助が、低所得者世帯の生活費を上回る逆転現象が指摘されている。最低賃金については、平成19年の最低賃金法改正以降、生活保護基準との逆転現象解消を踏まえ、毎年引き上げられてきた。しかしなお、今年7月の時点で11都道府県の逆転現象が解消されていないことが判明している。これは、割高な民間賃貸住宅の利用など、受給者の生活保護水準が年々上がっていることに加え、昨今の税や社会保険料の負担増等により、労働者の可処分所得が減っていることが要因と考えられている。ところで、生活保護基準の引き下げが一部の間で議論されているが、生活保護の水準は住民税の非課税限度額等に連動しているため、基準引き下げによる低所得者層の税負担増や最低賃金の低下等が危惧される。そもそも生活保護基準とは、国民が享受できる最低限度の保障(ナショナルミニマム)のはずである。生活保護の基準が下げられるということは、国のあらゆる保障の水準が下がるということに繋がる恐れがある。

○生活保護からの脱却に向けた就労支援対策
 現在の生活保護制度では、働いて得た収入分が生活保護費から差し引かれるうえに、最低生活費に上乗せされる「勤労控除」も低額であるため、受給者のインセンティブが働きにくいといわれている。また、生活保護の受給者は原則、預貯金もできないこと等から、国は新たな仕組みとして、保護受給中の就労収入の一部を積み立て、生活保護から脱却した時に受け取ることを可能とする「就労収入積立制度(仮称)」の導入を検討することとしている。制度の詳細は今後詰められると思うが、厳しい雇用情勢における就労先の確保など、大きな課題が想定される。

医療扶助の適正化をめぐる動き
 医療費にあたる“医療扶助”が生活保護費の約半分を占めることは先にも述べたが、今月、厚労省が公表した調査結果において、生活保護に掛かる医療費の高さが改めて示され、入院医療費の年平均(46万8千円)が国保及び後期高齢者医療の2倍以上、外来医療費(18万5千円)は2割程度高いとの調査結果が明らかになった。これらの傾向は従来から指摘されており、国は“当面取り組むべき課題”として後発医薬品の使用促進などの施策を推進しているが、今後は指定医療機関、生活保護受給者の双方に対し、より踏み込んだ対策を図る動きが活発化している。一方で、今月、共同通信が都道府県庁所在地と政令指定都市の計52市区の首長に対し行ったアンケートにおいて、生活保護の医療扶助に関し、57%の首長が一部自己負担の導入に賛成し、後発医薬品使用の“原則化”については63%が賛成しているとの回答が示されている。ここでは特に大きな影響が懸念される以下の項目について触れてみたい。

○医療機関の“指定要件”の見直し
 現在、生活保護法による指定医療機関の要件は法律上明確に定められていない。厚労省は9月28日の社会保障審議会特別部会等において、生活保護における医療機関の指定要件及び取り消し要件を明確にするとともに、指定に有効期限を設ける等の方向性を示している。さらに、生活保護指定医療機関の取り消し要件を保険医療機関の指定取り消しに関係付けるといった提案も、今後の検討課題として俎上に上った。

○生活保護受給者に対する窓口負担金制の導入
 財務省などは、現行の制度が受給者にモラルハザードを招き過剰診療に繋がっているとして、翌月償還を前提とした医療機関窓口での自己負担導入を提案している。しかし、右図で分かるように、医療扶助の大部分は“入院”が占めており、過剰診療や重複処方等のモラルハザードが問われている外来患者の割合は3割程度に過ぎない。もともと生活保護の受給者は、医療を必要とする高齢者や傷病・障害世帯が大多数であるうえに、窓口での支払いを立て替える余裕もない人が多いと考えられるため、安易な窓口負担は本当に医療を必要とする受給者の受診抑制を招いてしまい、かえって医療費が増大する危険性があるのではないだろうか。

<医療情報室の目>
 「最後のセーフティネット」と喩えられてきた生活保護制度は、いまや様々な矛盾や問題点が表面化し、国民の間にも大きな議論を巻き起こしている。しかし懸念されるのは、昨今クローズアップされる悪質な不正受給の事例や生活保護費の増大ばかりに目を奪われ、生活保護に対する誤解や偏見が助長されている節が一部で見受けられることである。僅か一握りの心ない受給者たちの行動が、生活保護の本質的な問題を曇らせていることは非常に残念だが、特に生活レベルの格差が進んでいる現代社会において、困窮者に対する最低限度の生活保障は絶対不可欠な制度であり、国家責任はもとより、国民の理解なくして理想的なセーフティネットを確立することはできない。国はようやく生活保護制度の総合的な見直しに本格的に乗り出そうとしているが、現時点で示されている検討課題を見る限りでは、不正受給の一掃や医療扶助の適正化など、財政面に重きを置いた施策が目に付くように感じる。さらに、生活保護制度に関しては、我が国の社会構造がこれほどまでに様変わりしたにも拘わらず、60年以上も前に作られた制度が、その骨格を殆ど変えることなく運用されてきたこと自体が問題である。
 いずれにしても、現在の生活保護制度は事実上、“利用しにくく自立しにくい”制度と化しており、公的扶助の基本原理から大きくかけ離れたものとなっている。国費や地方財政が厳しい中にあって、4兆円に迫ろうとする生活保護費の適正化に向けた対策は理解できるが、生活保護は我が国の雇用や社会保障といった問題に直結する制度だけに、国民の将来を見据えた根本的な議論を踏まえた制度改革がなされるべきである。
ご質問やお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までご連絡下さい。
   (事務局担当 情報企画課 下田)
担当理事 今任信彦(情報企画担当)・松尾圭三(広報担当)・寺坂禮治(地域医療、地域ケア担当)

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