医療情報室レポート
 

bP16  
 

2008年 2月 1日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特集 : 特定健診・特定保健指導

 
厚労省は、特定健診・保健指導の導入によって、生活習慣病が減少し、中長期的に医療費の 増大を抑制することが可能としているが、医療費が減少するという実証・研究はないとの意見もあり、また、高い受診率は期待できない、治療の必要性が乏しい患者までも 掘り起こし、その結果、医療費の増大に繋がるなどの問題が提起されている。

 平成20年4月より従来の「老人保健法」が「高齢者の医療の確保に関する法律」となり、これに伴い 40歳から74歳の被保険者と被扶養者に対する健診(特定健診)と医師、保健師、管理栄養士などによる保健指導(特定保健指導)の実施が医療保険者に義務付けられる。 対象者は政管健保、国保を合わせ約5,600万人で、そのうち25%の約1,400万人が保健指導の対象者に該当するとされている。
 今回義務付けられる特定健診・特定保健指導の大きな特徴として、内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)に着目した生活習慣病予防の為の保健指導を必要とする者 を抽出する健診となっており、現行のような受診率重視の健診、またそれに付加した保健指導というよりも、生活習慣病の減少といった結果を出す保健指導の実施に重点が 置かれるものとなっている。
 実施が迫っている特定健診・特定保健指導は、健診単価や健診データの電子化など現在も議論されている部分があるが、今回は、新たに開始される特定健診・特定保健指導 の概要として実施内容や特徴、実施にあたっての問題点や課題などをまとめた。
  

●特定健診・特定保健指導とは?

制度成立の背景・目的
  2000年から始まった国民健康づくり運動「健康日本21」の 2007年の中間評価において、脳卒中、心疾患の死亡率の改善傾向は見られたが、中高年者を中心に肥満や高血圧、糖尿病などの改善が見られなかった。
  厚労省が実施した2002年の調査によると、糖尿病患者は740万人、予備群を含め ると1,620万人に上る。更に毎年10万人、予備群を含めると50万人増加しており、2006年には40歳から74歳の男性のうち、2人に1人が内臓脂肪症候群(メタボリック シンドローム)に該当する。
将来の重症合併症の発生における医療費増加、生産力の低下など超少子高齢社会に 大きな負担となる
このような背景のもと、厚労省は2006年に「標準的な健診・保健指導プログラム」 を発表し、生活習慣病対策の推進体制の構築を図ることを目的として特定健康診査制度の導入を決定する
厚労省の目的は…
生活習慣病患者・予備群を減少、それに起因する医療費を減少させる
将来的に、2015年度の生活習慣病患者・予備群を25%減少させる(2008年度との比較)

実施内容・流れ

特定健診
対象者:40歳〜74歳の全被保険者(被扶養者含む)
  必須項目
    質問票(服薬歴・喫煙歴等) 身体計測(身長・体重・BMI・腹囲) 理学的検査 (身体診察) 血圧測定 検尿(尿糖・尿蛋白)
血液検査【・脂質検査(中性脂肪・HDLコレステロール・LDLコレステロール) ・血糖検査(空腹時血糖またはHbA1c) ・肝機能検査(GOT・GPT・γ-GTP)】
  詳細な健診の項目(医師の判断による追加項目)
    心電図検査 眼底検査 貧血検査(赤血球数・血色素量・ヘマトクリット値)

特定保健指導
 
対象者の階層化が行われた後、要保健指導となった健診受診者を 「動機づけ支援レベル」、「積極的支援レベル」に分類し、各支援レベルに則した保健指導を行う。また、「動機づけ支援レベル」、 「積極的支援レベル」については、設定した個人の行動目標が達成され、身体状況や生活習慣に変化が見られたかの評価を6ヵ月後に行う。
■ 具体的な保健指導(例) 実施者:医師・保健師・管理栄養士・一定の保健指導の実務経験 がある看護師(施行後5年間)など
 

特 徴
  内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)に着目 した生活習慣病予防のための健診であり、結果を出す保健指導となっている
  実施主体である保険者に、健診データなど個人情報を電子的に保管することが義務付けられている
  健診実施機関は、電磁的な記録媒体による健診データと請求データの提出が義務付けられている
  保険者に目標値を設定させ、その結果を保険者が拠出する後期高齢者医療制度への支援金の加減算という形で評価する(2012年度より)
    厚労省の参酌標準:2012年度 健診実施率70%(全体)、保健指導実施率45%、メタボリックシンドローム該当者・予備群の減少率10%以上
(2008年度との比較)
問題点・課題
  内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)の概念自体、曖昧な部分が 多く、その予防が本当に国民の平均寿命を延ばしたり、医療費削減に寄与するか不明である
  貧血検査など健診の必須検査項目に入っていない検査があり、 内臓脂肪症 候群(メタボリックシンドローム)以外の疾患の早期発見がおろそかになる恐れがある
  厚労省などが準備している健診データの電磁的記録に対応するフリーソフト について、実際に実施機関が対応できるか不明である
  保険者、医療機関は無償で健診データ等を収集することになり、実施機関に 対し新たな事務的負担が課せられる
  データが電子化されるため、自分の健康状態のデータを保険者・実施機関・国に管理 され、また個人情報が漏洩する危険性がある
  有資格者、ITなどのインフラが整っている都市部と、それが十分に整わない地方と で実施形態の格差が生まれる可能性がある
  内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)以外の疾病も含めた予防や早期発見の ための健診を実施する必要性がある
  単なる医療費抑制という行政目的のみでなく、生活習慣病を早期発見するために対象者 へ健診受診の啓発を行い、健診実施率を上げるなどして、国民的立場・地域社会・保険者の立場から実施目的を明確にする必要性がある
  健診データの電磁的記録の義務化については、まだ準備が整っていない実施機関・ 医師会が多くあることから、義務化を延期するなど柔軟な対応が求められる。
  保健指導について、人材育成のための研修を実施したり、認定制度を設けたりする など保健指導者の専門的なキャリアアップが求められ、また一定の保健指導の実務経験がある看護師は施行後5年間に限り、保健指導を実施できるとされているが、 この定義が曖昧で、また5年という時限についても見直しの必要性がある

<医療情報室の目>
   特定健診・特定保健指導の目的は、生活習慣病に罹ることを未然に防ぎ、併せて国民ひとりひとりの自己健康管理への意識を高めることで医療費抑制に 繋げていこうという、誠に一挙両得の妙策のようである。国民の健康維持を第一義に、この制度がスムースに運用されればこの上ないことだが、「始め に医療費抑制ありき」の発想で制度スタートが目論まれているとすれば、現場の医療者としては素直に諸手を挙げて賛成というわけにはいかない。ペナ ルティとしての後期高齢者医療制度への支援金の加減算というアメとムチが、保険者による安易な数字の帳尻合わせを生まないか。また、目標達成度に よっては、将来的には個人にも何らかのペナルティが科せられるようなことにはならないか。更に、民間へのアウトソーシングによって健診の質は保て るのか。何よりも、自己責任においてなされるべき個人の健康管理に、国が制度として、日常生活の動機付けにまで容喙することへの釈然としない思い が湧いてくる。メタボリックシンドローム予防と医療費削減を結びつけることも、余りに優等生的、あるいは短絡的ではないか。たとえ善意に基づくと しても、経済効率という観点から、国民の健康を国家統制しようという発想そのものに、かつて、民族優越の思想から癌撲滅を始めとする帝国の健康政策 を推し進めたナチス・ドイツを想起するといったら言い過ぎだろうか。
 この制度は国民の健康への啓発なのか、それとも国家管理が究極の目的なのか。マンパワー確保といった制度運用の実際面を含め、我々医療者はこの制度 が国民のために適切に機能していくよう、しっかりと「目」を見張っていなければならない。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 工藤 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 原  祐 一(広報担当)・原 村 耕 治(地域ケア担当)


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