医療情報室レポート
 

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2002年8月30日  
福岡市医師会医療情報室  
TEL852-1501・FAX852-1510 

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特集:株式会社の医療経営参入 −その3−
政府の総合規制改革会議は、7月23日、「経済活性化のために重点的に推進すべき規制改革」と題する『第2次中間取りまとめ』を公表し、医療分野に関しては、昨年度の第1次答申で最終的に削除された『医療機関経営の株式会社参入』が再び盛り込まれる形となった。
日医と厚労省は、同日相次いで会見を行い『医療機関経営の株式会社参入』に改めて反対していく姿勢を強くアピールしたが、総合規制改革会議は年末の第2次答申に向け、実現に全力を挙げる姿勢を示している。
今回のレポートでは、総合規制改革会議・厚労省・日医それぞれの見解を紹介するとともに、市場原理を導入しているアメリカの医療制度が抱える問題点についても触れてみたい。

 
総合規制改革会議『中間取りまとめ』について 

株式会社参入問題に対する 『総合規制改革会議』『構成労働省』『日本医師会』の見解

問題点 総合規制改革会議 厚生労働省 日 医

医療の公共性と株式会社の株主配当という2つの要素は相容れない。


医療機関の自己利益の追求は患者の利益が損なわれる。


全体として医療費の高騰を招きかねない。


株式会社が、医療法人よりも効率的で医療の質の向上に寄与するという証拠はなく、米国でもその問題点が指摘されている。


情報の非対称性という医療サービスの特殊性のため、質や量の決定が供給者側に委ねられており適正なサービスが提供できないおそれがある。


(メリットとして)
・資金調達の多様化
・徹底した患者ニーズの把握による患者満足度の向上
・システム環境整備、経営マインドの向上、管理・事務スタッフ等、必要な人材投入による患者ニーズに直結した効率的な経営



利益の配当は資金提供に対する対価であり、医療の公共性とは関係しない当然の支払いコスト。現行の医療法人でも内部留保を蓄積し解散時に出資者に配分することは可能。


現行の医療法人においても、金融機関からの借入返済圧力などを受け、増収行動をとる場合がある。


米国の非営利法人が納税面や資金調達面で極めて有利な制度下に置かれていることにも原因がある。


医療法人であれ株式会社であれ患者利益の向上に寄与しないものは淘汰されるだけで、十分な競争環境の下ではいずれも同じ効率性に収斂することになる。適正なサービスが供給されていれば問題はなく、経営主体が何者であるかの論議は無意味。そのためにも一層の情報開示を推進し情報の非対称性の是正を図るべき。


以上、医療分野に株式会社の参入を認めない積極的な理由は存在しない。
従って医療法第7条第5項「営利を目的として開設しようとするものに対しては病院の開設の許可を与えないことができる」との規定、及び昭和25年の「会社組織による病院経営は認めない」こととしている事務次官通達等の該当部分は撤廃し、株式会社の参入を認容すべきである。


左記のようなことは、株式会社でなければ実現できないものではなく、現行の医療法人においても可能。


医療は永続的な活動が前提。目的達成と同時に事業を廃止する可能性のあるような株式会社の論理となじまない。


基本的に医療法人は永続性を前提としたものであり、解散による分配自体を目的とするものではなく、左記の様な例外的なケースを前提とした議論は適切ではない。


株式会社が利益最大行動をとることにより医療費高騰のリスクは大きくなる。


株式会社経営医療機関は、株主配当分を医業収益で確保する他なく、医療法人に比して高コストの性格を有する。


医療においては患者と医師との間に情報の非対称性が存在するため、医療機関相互が完全な競争環境に置かれているとは言い難い。このような状況にも拘わらず「医療法人であれ株式会社であれ患者利益の向上に寄与しないものは淘汰される」との改革会議の論理は自明とはいえない。


以上のことから、株式会社参入を認めない積極的理由は存在する。

総合規制改革会議は、株式会社の利点ばかりを主張している。



一部でも株式会社化を認めてしまうと、既存の医療機関は新たに参入してきた株式会社経営医療機関との競争(買収・統廃合等)に勝つことができず、最終的には全ての医療機関が株式会社化しなければならなくなる。

















株式会社参入によって失われるものの大きさを想定したときに到底受け入れる事のできない提案である。




また、日医は同日の会見において資料を示し、株式会社参入により医療の非営利原則が破壊された場合に様々な弊害が生じることや、株式会社化で期待される資金調達の多様化や企業経営のノウハウの導入などは「幻想」であるとし、その理由についてもそれぞれ次のように指摘しています。


株式会社化で得ようとするもの・実際に得られるもの(日医資料)

得ようとするもの 株式会社の現状 実際に得られるもの


資金調達の多様化


・現状では株式会社においても間接金融が主体である。
・株式会社における直接金融の比率は、医療法人よりも低いほどである。
・直接金融を推進しようとする新興株式市場の設置やインターネット証券会社の開設等の施策はいずれも期待はずれに終わっている。



直接金融拡大という幻想




企業経営ノウハウの導入



・現代の代表的な企業ノウハウは、ダウンサイジング(企業規模の縮小)とアウトソーシング(外部委託)、成果主義による賃金体系等が挙げられる。
・ダウンサイジングは、一部の株主や経営者に利益をもたらす一方で、リストラの美名のもと従業員の解雇を常態化させ失業者を増加させた。
・経営効率化のためのアウトソーシングは、現在の医療法人でも、給食の委託や医療事務の委託など既に導入済みである。
・成果主義による賃金体系は、職務が属人的、個人的になりやすい面があり、必ずしも日本人の国民性に馴染むノウハウとはいえない。




失業等による組織の空洞化


経営の近代化


・株式会社を前提とする近代化とは、@有限責任、A持ち分の自由な譲渡性、B法人格、を指しているものと思われる。@およびBは、医療法人においても同じである。Aは株式会社の大多数を占める非上場の株式会社においては殆ど認められておらず、その点では医療法人と変わらない。
 上記@〜Bの前提に立つと、経営の近代化の度合いは総じて言えば株式会社も医療法人も同じである。
 経営の効率性とは、株式会社においては「投資家のためにできるだけ儲ける」ことにあるが、医療法人の場合は「医療の提供」こそが目的であり、この点で株式会社と決定的な違いがある。




株主利益至上主義


利用者本位の医療サービスの向上


・医療法人にとっては、利用者本位の医療サービスの提供が目的である。しかし株式会社にとって「利用者本 位の医療サービスの向上」は経営の効率化(すなわち株式利益の追求)のための手段であり、従って不採算部 門や採算にあわない患者などが株主利益追求の阻害要因となれば直ちに切り捨てられるのは当然である。


サービスの利益への隷属

 
アメリカの医療制度における問題点  

アメリカでは、65才以上の高齢者や障害者、低所得者などの一部の国民が、メディケア・メディケイドといった公的医療保険に加入していますが、大部分の国民については、民間医療保険やHMO等の医療サービス提供組織と契約をしています。しかし、国民の16%(7人に1人)が無保険者であるともいわれており、市場原理・競争原理を柱とするアメリカの医療制度では以下に示す問題点等が指摘されています。   


民間保険会社のコスト抑制策等により、健常者を対象とした「低価格の医療保険」と、有病者を対象とした「高価格の医療保険」に二極化し、結果的に有病者の保険加入が困難になり無保険者が増加する。   

マネジドケアの代表ともいえるHMO(健康維持組織)においては、保険料は安価であるが、保険会社によって限定されたネットワークの中でしか医療保険の適用が受けられず、アクセスの阻害、質の低下を招いている。   

株式会社化の中で良心的経営を続けていくことは困難であり「質を犠牲にしコストを下げる」という経営努力をせざるを得なくなる。   


<医療情報室の目>

医療改革論議の中では、市場原理導入により低コストで質の高い医療サービスが提供できるとして、アメリカの医療制度がしばしば例に挙げられる。確かに、アメリカは、包括制限支払いの強化等により医療費を削減することに成功したが、その陰で医療行為そのものの制限や不平等な医療提供が行われてきた背景がある。医療情報室レポートNo.50に掲載した株式会社参入の賛否についてのアンケート(医事新報社調査)では、『競争原理が働き患者サービスが向上する』『医療非営利はもはや現実に合わない』等の理由により、16%の医師が株式会社参入に賛成であるとの結果も出されていたが、市場原理の導入は日本が四十余年に亘り堅持してきた国民皆保険制度を根底から覆す可能性を持つものであり、日医や厚労省が指摘する問題点を踏まえながら慎重な改革論議を行っていく必要があると考える。

 ※ご質問や何かお知りになりたい情報(テーマ)がありましたら医療情報室までお知らせ下さい。
   (事務局担当 中道 TEL852-1501 FAX852-1510)
 

担当理事 長 柄 均・江 頭 啓 介・入 江  尚


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