| 腰痛がはじまったのは？
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| １９９３年の１月です。ある朝突然、主人を送り出して、書斎に入ったら椅子に |
| 腰掛けられなくなったんです。椅子に座っていると腰が自分の体を支えてくれない |
| ような感じなんです。 |
| それから鈍痛が出てきて、だんだん激しい痛みに変わり、痛む時間も長くなって |
| いきました。 |
| それと、すごい全身倦怠感に襲われて……それもちょっと風邪で熱があるくらい |
| の感じではなくて、自分の体が大地に吸い寄せられるような、鉄の甲羅を背負った |
| ような倦怠感なんです。 |
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| それから過酷な闘病生活が始まったわけですね |
| 整形外科や内科で何度も検査を受けました。でも、何も原因が見つからない。２ |
| 年目くらいからは、いわゆる民間療法……鍼とかお灸とか整体、気功、漢方薬、マ |
| ッサージとか……周りの人が薦めてくれるありとあらゆる治療法をただただ治りた |
| い一心で受診しました。そういった経過を『椅子が怖い―私の腰痛放浪記』で書い |
| たんですが、ホントに放浪してましたね（笑）。 |
| しかし、何をやっても治らなくて、症状はどんどんひどくなっていく――朝起き |
| て洋服に着替えても、すぐ横になるしかないという状態でした。原稿もだんだん引 |
| き受けられなくなって……。急にキャンセルできないものだけはやっていましたが、 |
| 横になって、画板に原稿用紙を貼りつけて書いていました。 |
| そして、だんだん休筆に近い状態になって……２年半頃には、もういろいろな病 |
| 院の扉をたたく気力もなくしてしまい、部屋にひきこもった状態になったんです。 |
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| そんな時に心療内科の先生に会われたんですね。 |
| そうです。２時間ほど話を聞いていただいた後に、先生が、「あなたの症状は必 |
| 要な検査をすべて受けても原因が分からない。つもり何も器質的疾患がない。そう |
| いう症状の原因は心因です。あなたは典型的な心身症の患者なのです」と。 |
| 最初は全然聞く耳を持たなかったんです。心因でこれほど痛いわけがないし、心 |
| 身症になるほど特別な理由もないと思いましたから。 |
| 仕事は大変でしたが、基本的には好きなことやらせてもらっているわけで、「大 |
| 変なのは当たり前」と思っていました。 |
| すると、先生から「私の言うことを無理に信じなくてもいいが、今までの治療で |
| は効果がなかったことも事実なのだから、気が向いたら入院しに来なさい」と言わ |
| れたんです。結局、発症から丸３年目の１９９６年の１月に入院しました。 |
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| 熱海市の温泉病院に入院されるわけですが、そこでの治療は？ |
| 主に絶食療法でした。面会謝絶の個室に入って１２日間何も食べないんです。水 |
| 分はとりますし、必要な栄養は点滴で補給されますが、口からは何も食べない。そ |
| して、外部からの情報の遮断ですね。電話、テレビ、ラジオ、読書、新聞などは一 |
| 切ダメ。 |
| その中で「あなたはストレスの原因はないと言うけれども、あなたの潜在意識が |
| 仕事に疲れて休息を求め、ストライキを起こしたようなものです。作家の仕事を続 |
| けていたら治らないから、作家・夏樹静子のお葬式を出しましょう。断筆しなさい」 |
| と言われました。 |
| それまでは「心因じゃない」と、先生と議論ばっかりしてたんです。しかし、先 |
| 生が「命にはかえられないでしょう？」とおっしゃって、確かに「ここまでくると |
| 命にはかえられない」としみじみ思いました。 |
| 仕事どころか、普通の生活もできないわけですからね。それで「わかりました。 |
| 夏樹静子とは別れます」とお返事したんです。ちょうど絶食治療が終わる頃でした。 |
| すると……もちろん、断筆を了解した途端ではないんですが……薄紙をはぐよう |
| な感じで、少しずつ良くなっていったんです。実に不思議なんですが、入院から２ |
| ヵ月経って退院する頃には、椅子に腰掛けられるようになっていたんです。 |
| その様子を見た先生が「あなたにはまたいい仕事をして欲しいから、お葬式では |
| なくて１年の入院にしましょう」と言ってくださったんです。「夏樹静子は１年だ |
| け休筆しなさい」と。涙が出るほどうれしかったですね。死刑から禁固１年になっ |
| たようなものですから（笑）。 |
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| 現在の健康法は？ |
| 適度な運動をすることと、ストレスをためないようにすることですね。もちろん、 |
| 仕事の量もセーブするようにしています。昔のように、連載を何本も平行してやる |
| ようなことはしないようにして。 |
| それから、今思うと心身症になるまでは旅行に行ったりしてそれなりに楽しいこ |
| とはあったんですが、生活の中のすべての価値が「仕事がうまくいっているかどう |
| か」、「好評かどうか」といったことにかかっていた。自分の仕事の可否が精神状 |
| 態のすべてを決めていたような気がするんですね。 |
| 今では、仕事を一生懸命やることとは別に、もっと純粋に喜びを喜びとして、旅 |
| 行をしても、美しいものを見ても、おいしい食事をしても、それはそれで純粋に楽 |
| しむと言うのでしょうか……そういう気持ちでいるように心がけています。 |
| せっかくよい時間をすごしても、ゴルフをしても、仕事の意識をひきずっていた |
| ら何にもならないですからね。気持ちをパッと切り替えて、楽しむときは楽しむよ |
| うにしています。 |
| そういう切り替えは、今までもやっていたつもりだったんですが、やっぱりでき |
| ていなかったんでしょうね。人様の本を読むにしても、どこかで「参考にしよう」 |
| という気持ちで読んでしまっていたんだと思います。 |
| 一日は２４時間しかなくて、自分のエネルギーは決まっているわけですから、納 |
| 得のいく仕事をいいリズムでできるようにペースを調整しています。出版社の皆さ |
| んも了解してくださっていますが、それでもついオーバー気味になってしまうんで |
| すよ。よくよくガードを固くしておかないといけないですね（笑）。 |
